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長野県伊那地方の水害の伝承「未満水(ひつじまんすい)(1715年6月)」と「三六・六豪雨(1961年6月)」より [今週の防災格言653]

time 2020/06/29

長野県伊那地方の水害の伝承「未満水(ひつじまんすい)(1715年6月)」と「三六・六豪雨(1961年6月)」より [今週の防災格言653]

未の満水ひつじのまんすい

長野県伊那地方の水害の伝承「未満水(1715年)」より

天竜川が流れる長野県南部の伊那地方には古くから『未満水(ひつじまんすい)』という言い伝えがある。
未は干支の未年(ひつじどし)のことで、満水は水害を指す。
つまり、干支の未年に大水害があるという。

長野県諏訪湖を源流とする天竜川は、その流域に伊那谷を形成し、西に木曽山脈(中央アルプス)、東に伊那山地、天竜川に沿って南北に走る赤石山脈(南アルプス)から多数の支流が流れ込み、強い雨が降ると土砂が鉄砲水となるために、昔から「暴れ天竜」との名で呼ばれた。1594(文禄3)年から1865(慶応元)年までの271年間に13回の大満水を数えている。
このうち未年にあたる1715(正徳5)年の大洪水と土砂災害の被害が甚大であったため『未満水』と呼ばれるようになり、その後も子々孫々へと語り継がれてきた。

今から約300年前、1715(正徳5)年6月17日から降り始めた雨は、翌18日早朝には豪雨となって降り続き、天竜川を氾濫させた。
洪水は土石流となって、川上の人家を押し流し、飯田市付近だけで死者32人、流失家屋は118棟を数えた。
必ずしも未年に大洪水が起こるわけではないが、丑年(うしどし)の1961(昭和36)年6月23日から7月6日まで続いた梅雨前線豪雨災害「三六・六豪雨(伊那谷水害)」では、飯田市で602ミリ、御岳山で1050ミリ、伊那盆地で600ミリの大雨を降らせ、天竜川とその支流が氾濫、道路が寸断し、がけ崩れや土石流などにより多くの小学生が犠牲となった。長野県だけで被害は死者107人(うち伊那郡は77人)、行方不明者29人、重軽傷者1164人、家屋全半壊1144棟、流失家屋380棟を記録している。
1715(正徳5)年の『未満水』は、この1961(昭和36)年の「三六・六豪雨」の被害規模を上回るものだったと推測されている。また、250年隔てて発生した両者の災害被害箇所は、不思議にもほとんど同じ場所であったことから、その後の防災施策では、多くの教訓を残している。

伊那地方の自然史研究の第一人者である地質学者・松島信幸(1931~ / 飯田市美術博物館顧問)先生は、近年、伊那谷の郷土史や過去の水害、地震の記録から、この地方では、大きな地震被害の後に続いて大水害が集中していることをつきとめ、特に崩れやすい地形と地質を抱える伊那谷では、大地震の被害と、その後の水害が大きな被害となると警鐘を鳴らされている。

1715(正徳5)年に『未満水』という天竜川水系を襲った大洪水は、数年前に発生した大地震「宝永地震(南海トラフ巨大地震)(M8.6 1707年)」や「大町組地震(信濃北西部地震)(M6.2~6.3 1714年)」により、地盤がゆるみ、その後の未年の梅雨豪雨が連動したことで、大満水(大水害)や山津波(土石流)という未曾有の大災害を引き起こした、のだという。

松島信幸先生の本説は「天竜川総合学習館 川らん辺(かわらんべ)通信 > 大地震のあとに大満水【300年前の大洪水に学ぶ 未満水編#8】に詳しい。
https://www.kawaranbe.net/series/tenryu/topic052/


写真:三六・六水害で崩落した大西山(長野県下伊那郡大鹿村)Credit: KAMUI/Wikipedia

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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