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須川邦彦が著書『無人島に生きる十六人』に遺した格言(東京商船学校校長)[今週の防災格言345]

time 2014/07/21

須川邦彦が著書『無人島に生きる十六人』に遺した格言(東京商船学校校長)[今週の防災格言345]


『 一つ、島で手に入るもので、くらして行く。
二つ、できない相談をいわないこと。
三つ、規則正しい生活をすること。
四つ、愉快な生活を心がけること。 』

須川邦彦(1880〜1949 / 商船学校教授 東京商船学校校長)

1899(明治32)年4月、ホノルル港を出航した日本の小帆船《竜睡丸(りゅうすいまる)》は、太平洋上を航行中に大嵐にあい難破してしまう。中川倉吉(なかがわ くらきち)船長(当時31歳)以下、乗組員全16人は、ハワイ北のとても小さな無人島(ミッドウェー近海のパール・エンド・ハーミーズ礁)に漂着した。船長のリーダーシップのもと、日々創意工夫しながら無人島に暮らし、約9ヶ月後の12月、全員が無事に救出される。

この奇跡の実話は、翌1900(明治33)年に雑誌『少年世界』や1903(明治36)年『竜睡丸漂流記(大道寺兼吉著 共昌社)』として紹介され、その後、東京高等商船学校の校長を務めた須川邦彦が、若い頃に練習船教官だった中川倉吉先生から聞いた漂流体験談として『少年倶楽部』に1941(昭和16)年10月から13ヶ月間にわたって連載、1948(昭和23)年『無人島に生きる十六人』として出版された。

格言は無人島への上陸初日に中川倉吉船長が定めた4つの決まりごとから。(出典『無人島に生きる十六人(新潮文庫 2003年)』より)
尚、明治36年刊行の『竜睡丸漂流記』にはこの4つの決まりごとは載っていない。

須川邦彦(すがわ くにひこ)は、商船学校教授を経て、東京商船学校校長、海洋文化協会常務理事を歴任した東京出身の船乗り。1905(明治38)年、商船学校航海科を卒業後、大阪商船(現商船三井)に勤務。日露戦争や第一次大戦で従軍し、水雷敷設隊や軍艦の船長として奮戦した。1949(昭和24)年死去。著書に『船は生きてる』『象の話』など。

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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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