『 一つ、島で手に入るもので、くらして行く。
二つ、できない相談をいわないこと。
三つ、規則正しい生活をすること。
四つ、愉快な生活を心がけること。 』
須川邦彦(1880~1949 / 商船学校教授 東京商船学校校長)
1899年(明治32年)4月、ホノルル港を出航した日本の小帆船《竜睡丸(りゅうすいまる)》は、太平洋上を航行中に大嵐にあい難破してしまう。中川倉吉(なかがわ くらきち)船長(当時31歳)以下、乗組員全16人は、ハワイ北のとても小さな無人島(ミッドウェー近海のパール・エンド・ハーミーズ礁)に漂着した。船長のリーダーシップのもと、日々創意工夫しながら無人島に暮らし、約9ヶ月後の12月、全員が無事に救出される。
この奇跡の実話は、翌1900年(明治33年)に雑誌『少年世界』や1903年(明治36年)『竜睡丸漂流記(大道寺兼吉著 共昌社)』として紹介され、その後、東京高等商船学校の校長を務めた須川邦彦が、若い頃に練習船教官だった中川倉吉先生から聞いた漂流体験談として『少年倶楽部』に1941年(昭和16年)10月から13ヶ月間にわたって連載、1948年(昭和23年)『無人島に生きる十六人』として出版された。
格言は無人島への上陸初日に中川倉吉船長が定めた4つの決まりごとから。(出典『無人島に生きる十六人(新潮文庫 2003年)』より)
尚、明治36年刊行の『竜睡丸漂流記』にはこの4つの決まりごとは載っていない。
須川邦彦(すがわ くにひこ)は、商船学校教授を経て、東京商船学校校長、海洋文化協会常務理事を歴任した東京出身の船乗り。
1880年(明治13年)4月東京生まれ。1905年(明治38年)2月東京高等商船学校航海科を卒業後、大阪商船株式会社(現商船三井)に入社し遠洋航路船長歴任。日露戦争や第一次大戦で従軍し、水雷敷設隊や軍艦の船長として奮戦した。1915年(大正4年)商船学校教授兼高等海員審判所審判官を拝命。1916年(大正5年)東京帝大講師。1921年(大正10年)欧米留学。1936年(昭和11年)東京高等商船学校長となり、1937年(昭和12年)退職。1949年(昭和24年)年死去。
著書に『船は生きている』『海に生きるもの』『象の話』『無人島に生きる十六人』など。
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