『
“夫空談虚論徒害事実医唯治病病不治奚為医者故以獲治術為務。同志之士幸行言勿舌言矣。”
吉益東洞(1702~1773 / 江戸時代の漢方医 日本近代医学中興の祖)
口語訳:根拠の乏しい無駄な議論はいたずらに事実を害す、医療はただ病を治すこと、病気が治らないのであれば医者として治療法の探究に務めよ。医療を志す者なら口先の言葉でなく自ら有言実行せよ。
咽や鼻にいる常在菌で「インフルエンザ菌」という名称の細菌がある。
中耳の感染症や副鼻腔炎、小さな子供がかかる細菌性髄膜炎の原因の一つのヒブ感染症(ヘモフィルス・インフルエンザ菌b型感染症)などが知られているが、紛らわしいことに、インフルエンザ菌はインフルエンザウイルス感染症(インフルエンザ)の病原体ではない。
1892(明治25)年のインフルエンザ流行時に、患者の痰から検出された細菌「パイフェル・インフルエンザ菌(Pfeiffer influenza bacillus)」が、インフルエンザの原因菌と誤認された。その後、インフルエンザの真の病原体はウイルスであることが判明し、インフルエンザ菌を原因とする細菌原因説は完全否定されることになる。
1918(大正7)年にスペイン風邪(流行性感冒)が世界大流行(パンデミック)したとき、日本では100名近い医学者らが数度にわたって学会を開きその未知の新型肺炎感染症の原因を「インフルエンザ菌」とする議論(インフルエンザ病原菌問題)が発生した。
結局、日本で「インフルエンザ菌」のワクチンが製造され、およそ500万人に接種されたが、効果はでなかった。
らい病や梅毒血清反応の研究で知られる医師・村田正太(1884~1974)は、1919(大正8)年1月に、この病原菌問題について以下のように記している。
《 ・・・氏等がPfeiffer菌の流行性感冒と特殊関係あることを如何に力説するも病原体は濾過性を有しないことを確定的に証明しない間はPfeiffer菌を以て流行性感冒の病原体なりと論断することは理論上絶対に許されない。 ・・・《中略》・・・ 流行性感冒の病原菌は既にPfeiffer菌に確定したるが如く世に紹介しつゝある一二評論家の批評眼の幼稚なるを嗤うと共に学者は飽くまでも真理の探究者としての態度を失わず冷静に第三者となり自説の当否を批判するだけの余裕と真面目さを持たなければならない 》
と議論のための議論に熱中した医学界に対して「実に言語道断の態度」と苦言を呈しながら、
《 大正の医者もたまには古書を繙(ひもと)くがよい。昔の医者は科学的知識に於ては仮令(たとい)、諸君には劣るにしても彼らの多くには大正の今日には得易からざる尊い人格と優れたる見識を見出すことが出来る。(大正八年一月十二日稿) 》
と吉益東洞「古書医言」に書かれた“尊い医戒”を引用した。
(村田正太著「医界評論研究室から」(1922(大正11)年)より)
吉益東洞(よします とうどう)は、江戸時代を代表する古医方派の医師(漢方医)で、古医方派医学四大家の一人。日本近代医学の祖と仰がれる人物。
名は為則、通称は周助。はじめ東庵と号し、後に東洞と改めた。
元禄15年2月5日(1702年3月3日)、医師・畠山重宗の子として安芸国(現広島県広島市)に生まれる。はじめは兵法を学び、19歳で医学を志し外科、産科、内科を学び、古医方(漢方)の研究を行う。30歳代で陰陽五行説を基本思想とする医術に疑問を抱くようになり、『傷寒論』『金匱要略』に基礎として、すべての病気がひとつの毒に由来する「万病一毒説」を提唱するなど、近代的な西洋医学に通じる独自の医学体系を唱えた。37歳で上京し後藤艮山に師事。しかし医業は振るわず内職して暮らすが、延享3(1746)年、44歳のときに古医方派の名医・山脇東洋に見いだされ世に知られた。後世の漢方医学に与えた影響は絶大で、東洞の医説以降、日本の漢方医学は方証相対(ほうしょうそうたい)と呼ばれる日本独自の診断(証)と治療(方剤)のやり方が普及することになる。安永2年9月25日(1773年11月9日)71歳で没。
主な代表的著書に『類聚方』『方極』『薬徴』の三部作のほか、『方機』『医事或問』『古書医言』、さらに治験をまとめた『建殊録』など多数。
村井琴山、岑少翁、中西深斎、華岡青洲など五百名以上もの弟子がいたという。
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