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稲村隆一が衆院本会議の時に遺した格言(政治家)[今週の防災格言229]

time 2012/04/30

稲村隆一が衆院本会議の時に遺した格言(政治家)[今週の防災格言229]


『 救助活動は、被災者に対して復旧活動に力強く立ち上がらせる勇気づけの一助となるべき最低の措置である。 』

稻村隆一(1898〜1990 / 農民運動家 日本社会党の衆議院議員(4期))

格言は、昭和39(1964)年6月16日、新潟、山形、秋田三県で発生した新潟地震(M7.5 死者26人 家屋全半壊8,600棟)直後に開催された国会・衆院本会議(第3次池田勇人内閣)で災害救助法(昭和37年9月6日公布 / 激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律)に対して「速やかに発動するべきだ」と述べた時のもの。

曰く―――『 われわれは現代の進歩せる科学を駆使し、政治の英知と勇気と情熱によって、国民大衆の協力を動員し、断固として、この恐るべき自然の暴威より発展したる災害を克服しなければならないし、また、し得ると思うのであります。』

稲村隆一(いなむら りゅういち)氏は、北海道生まれ、新潟県出身の農民運動家、社会党左派政治家。衆議院議員・稲村順三(1900〜1955)は実弟。早稲田大学政治経済学部に在学中に学生運動団体「建設者同盟」に参加し、日本共産党員となり、昭和元(1926)年に労働農民党に入党、社会主義・共産主義者として昭和3(1928)年の三・一五事件で検挙される。社会大衆党を経て戦時中に東方会に所属し戦後は日本社会党で公職追放となる。政治家だった弟・順三の急死を受け、第27回衆議院議員総選挙で旧新潟3区から補充立候補し当選。以降、昭和44(1969)年まで日本社会党の政治家として、党中央執行委員や北海道開発特別委員会委員長などを歴任。昭和45(1970)年に勲二等瑞宝章受章。平成2(1990)年に92歳で死去。

■「稲村隆一」氏に関連する防災格言内の主な記事
政治家・浅沼稲次郎氏(2008.11.24 防災格言)
政治家・村山富市氏 (2007.12.31 防災格言)

 

<編集長 拝>

 

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