『 住み慣れた家が失われたばかりか、そこに
柳田邦男(1936~ / ノンフィクション作家・評論家)
格言は編著『災害と子どものこころ』(集英社新書 2012年)より。
曰く―――。
《 一般に、人が生まれ育った故郷というものは、都会などに移住した後でも、あるいは忙しい日常の中では積極的に意識しなくても、人生の原点としてこころの深層に刻まれていて、無意識化でこころの安定剤になっている特別の場なのである。
人生の半ばを過ぎて、重い病気になったり仕事に失敗したりしたときに、ふとありし日の故郷での出来事や情景を思い起こして郷愁を感じるのは、故郷というものが “こころの揺り籠(かご)” であるからにほかならない。
住み慣れた家が失われたばかりか、そこに還(かえ)って家を再建することもできないということは、一義的には経済的な意味での生活の基盤を突き崩されることだが、より深いところでは、人生の精神的な基盤を失うと言ってもよいほどの意味を持つのである。
その喪失感を克服するには、新たな故郷とするべき新天地を拓(ひら)くのだという意識の高揚と、それを支える公的な支援が必要となる。 》
柳田邦男(やなぎだ くにお)氏は、事故、医療問題、公害、災害、戦争、原発問題、生と死をとりまく心の問題などのルポタージュや評論で知られるノンフィクション作家のパイオニア。
1936(昭和11)年6月9日、栃木県上都賀郡鹿沼町(現鹿沼市)生まれ。栃木県立鹿沼高等学校を経て1960(昭和35)年に東京大学経済学部を卒業後、NHKに入局。社会部記者として全日空羽田沖墜落事故、カナダ太平洋航空機墜落事故、BOAC機空中分解事故を取材。1971(昭和46)年に続発する航空機事故を追ったノンフィクション『マッハの恐怖』を発表し、第3回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。1974(昭和49)年にNHKを退職しフリーランスとなると、生と死、医療を題材に医療技術者たちの癌撲滅への闘いを描いた『ガン回廊の朝(あした)』を1979(昭和54)年に発表し、講談社ノンフィクション賞を受賞。その後も『明日に刻む闘い ガン回廊の報告(1981年)』、『ガン50人の勇気(1981年)』、『ガン回廊の炎(1989年)』など医療問題を描いた。他にもアメリカ・スリーマイル島原子力発電所事故のドキュメント『恐怖の2時間18分(1983年)』、『撃墜 大韓航空機事件(1984年)』などのルポタージュ、『マリコ(1980年)』、『零戦燃ゆ(1984年)』、『人間の事実(1997年)』などの戦史ノンフィクション、戦後の1万冊以上の膨大なノンフィクション作品群の総覧『人間の事実(1997年)』などを発表。
1993(平成)年に自宅で次男・洋二郎氏が自殺。脳死状態から11日後の「科学的な死」に至るまでの体験を描いた『犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日(1995年)』はベストセラーとなり文藝春秋読者賞、またノンフィクション・ジャンル確立への貢献により第43回菊池寛賞受賞。2000(平成12)年には脳死を扱ったドキュメント『脳治療革命の朝』を、東日本大震災後には様々な災害の原因や元凶と対策についての評論『「想定外」の罠 大震災と原発(2014年)』を発表。近年は心や言葉の問題、絵本についての積極的な翻訳と評論にも取り組まれている。
写真:日本記者クラブ総会講演(2015年5月)より
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