2015年の9月10日から11日にかけて記録的な大雨が関東や東北地方で発生しました。約1万9000棟が浸水し、8人が亡くなったこの水害は、気象庁により「平成27年9月関東・東北豪雨」と命名されています。
この水害で特に被害が大きかったのが茨城県常総市で、鬼怒川の決壊により浸水域に約4000人が取り残されました。逃げられなくなった住民がヘリコプターやボートで救出される映像を覚えている方も多くいらっしゃるでしょう。今回はこの鬼怒川の氾濫について振り返ります。
平成27年9月関東・東北豪雨発生の原因とは
「平成27年9月関東・東北豪雨」(以後、関東・東北豪雨)では、鬼怒川を含む80以上の河川が氾濫し、多くの水害が発生しました。関東・東北豪雨が記録的な大雨となったのは、台風第18号から変化した低気圧に太平洋からの温かく湿った空気が流れ込んだ影響で大気の状態が不安定となり、「線状降水帯※1」が発生したのが原因とみられています。なお平成29年7月に九州北部で起こった集中豪雨の原因も「線状降水帯」です。
※1強い雨を降らせる積乱雲が線状に並び、雨域が幅20〜50km、長さ50〜200kmになるものが線状降水帯と呼ばれています。
鬼怒川流域では24時間平均雨量が410ミリに達していました。これは、国土交通省が100年に1度の確率で起きると想定していた鬼怒川流域平均雨量326ミリを大きく上回っていたのです。
鬼怒川の堤防はなぜ決壊したのか
常総市水海道の観測所の記録をもとに時系列を見ていきます。
・10日午前7時から翌11日の午前2時まで、19時間にわたって危険度のレベル4「氾濫危険水位」を超過。(氾濫危険水位とは避難準備などの氾濫発生に対する“警戒”を求める段階)
・10日午前11時から午後4時までの5時間、堤防が耐えられる限界値である「計画高水位」をも上回る。
・限界値を上回ってから約2時間後、10日午前中6時頃には、常総市若宮戸で川から水が溢れ始める(溢水)
・溢水から7時間近く経つと、下流の常総市上三坂町(鬼怒川左岸21.0km付近)で堤防が決壊し氾濫が発生。
観測史上最大流量となる毎秒4,000立方メートルという記録的な水量を下流部が受け止めきれなかったことで溢水から7時間後に氾濫が発生しました。そして氾濫した水により付近の約40km²が浸水したのです。
堤防が崩壊したプロセスとしては、溢れた水が堤防を削る「越水破堤」だと言われています。氾濫が起こったことにより、溢れた水が町側に流れ、町側から反対に堤防側へと水が流れることで堤防が削られていきました。これにより小規模な堤防の崩壊が連続したことで、決壊していったと考えられています。
(国土交通省『「平成27年9月関東・東北豪雨」の鬼怒川における洪水被害等について』より)
被害状況
鬼怒川の氾濫による被害ですが、常総市では、市の面積の約3分の1(約40km²)が浸水し、2人が死亡、44人がけがをしています。浸水により多くの住民が「孤立」状態となり、自衛隊などのヘリコプターによって救助された人は茨城県内で約1,339人、ボートなどで救助された人は2,919人にのぼったことがわかっています。またそのほとんどが常総市内での救助だったため、常総市の人口約6万3,000人の約6%の住民が孤立していたことになります。
住家被害は、全壊53件、大規模半壊1,575件、半壊3,475件、床上浸水148件、床下浸水3,072件。(茨城県災害対策本部 平成28年1月22日16時以前の報道資料より)に及び、浸水が解消されるまでには10日間かかっています。
事前に避難勧告等が発令されていた地区もありましたが、決壊した常総市上三坂町を含む鬼怒川左岸の地域には,堤防決壊時点において避難勧告等が発令されていなかったことが内閣府の発表によりわかっています。
ハード面とソフト面の対策
現在、関東・東北豪雨を踏まえて、ハード面とソフト面※2で対策が叫ばれています。常総市ではその後、2016年に「危機管理室」を設置。また非常用電源の設備をコンクリートの壁で覆うなど、ハード面での危機管理の意識を高めています。
※2ハード面とは建築物や設備など形のあるもの。ソフト面とは「防災意識」や「防災のガイドラインや情報」など無形のものを主に指します。
また国も水防法を改正し、いつ・誰が・何をするかに着目した避難手順計画である「水害対応タイムライン」や「ハザードマップ」の作成や活用などの洪水対策強化を自治体に求めています。
このような取り組みの前提には、関東・東北豪雨を教訓に国土交通省が発表した「施設の能力には限界があり、施設では防ぎきれない大洪水は必ず発生するもの」という考え方があります。そのためソフト面が重視されているのです。
国土交通省のホームページには、ソフト対策のポイントとして次の3つが記載されています。
・リスク情報の周知
-立ち退き避難が必要な家屋倒壊等氾濫想定区域等の公表
-住民のとるべき行動を分かりやすく示したハザードマップへの改良・事前の行動計画、訓練
-避難に着目したタイムラインの策定
-首長も参加するロールプレイング形式の訓練・避難行動のきっかけとなる情報をリアルタイムで提供
こうした対策は、住民が自らリスクを察知し、自ら考えて行動するための情報整備を目的にしたものです。国土交通省が推進しているものではありますが、情報をキャッチする側である私たちの防災意識もやはり大切ではないでしょうか。
最後に、水工水理学(河川工学)の研究者であり、水害に伴う川やダムなどの河床変動など河川についての専門家である川合茂教授の防災格言を紹介します。
『水がつきそうになったら“まず逃げる”。』
災害が起こった時、まずは状況を確認し、すぐに判断できるように日頃から備えておくことがやはり重要です。