◆情報をトップに早く集約する
さらに危機下においては、情報をトップに集約して、全体を認識したうえで判断することが必要であり、そのためには、できるだけ早く情報を上げる必要性を強調する。
例としてあげるのは、“午前二時の勇気”である。
ナポレオンは、「寝室に退いたら、原則として我を起こすな。よい報告は翌朝でいい。しかし、悪い報告のときは、即刻我を起こせ。なぜなら我が決断と指揮命令がいるだろうから。不完全な報告で幕僚もいないときに決断を下す勇気を、我は「午前二時の勇気」と呼ぶ。その勇気において、我、人後に落ちず」と述べたという。
ナポレオンのように、悪い情報を必ず上げよ、たとえ午前二時でも!などと言う将を持つ部下は幸せである。一方で、このような悪い情報を聞きたくない人がトップになっていると問題が起こる。本書では、当時、日本でも大きな話題になった乳業メーカー社長の「私は寝てないんだ」事件が悪い例として挙げられている。
◆公助より、互助(共助)自助が重要
そして、予防の重要性についても語っている。
危機対応の基本的な考え方として、騒動が始まった後でドンパチやって鎮圧するのは次善の策で、一番良いのは、事前に手を打って「予防」することだという。そのために、無事危機が収まったあとに、誰を表彰するかが重要になるという。鎮圧に活躍した人に目が行きがちだが、予防のための情報提供などに尽力した人を忘れてはならないというのがその主張だ。
また、危機に際しては、公助、互助(共助)、自助の3つがあり、危機管理体制の整備されていない日本においては公助にあまり期待してはいけない。むしろ互助、自助を中心に考えておくべきだとも言う。
この本が出版された2004年と比べると、各種の危機に対応していくなかで、日本の公助は大きく進歩していると思う。しかしながら、公助には限界がある。重大な危機の場合はもっとも重要なところに集中して対応がなされるから、自助、共助の準備が必要であることは言うまでもない。
さらに、意外とも思える内容だが、普段から、多くの人を知っておくことの重要性を著者は説く。何かができる人をたくさん知っていることが、危機管理能力を持つことになるというのだ。実際に、不測の事態が起こった際には、いろいろなバックグラウンドを持つ人をたくさん知っていることは大きな力になる。たとえば、生物兵器のようなものを前にした際に、すぐにその領域に詳しい医師や専門家に連絡できる人脈があるかないかは、被害の大きさに直接的に関係する。
◆R&R(休息と気晴らし)を軽視してはならない
そして、最後に、実は大事なこととして、R&R(Rest& Recreation・・・休息と気晴らし)が語られる。
危機は一日では終わらないことが多い。指揮官や組織は徹夜徹夜でその問題を解決しようとするが、実はそのようなやり方は大きな危機への対応としてはふさわしくない。
湾岸戦争時の米国の統合参謀議長であったコリン・パウエルは「これはどうにもならないと思ったことでも、ひと眠りしてから考えてみると、さしたることではないと気付く」と言っている。寝ることは大事なのである。
いまだに、危機に際して、指揮官が休息をとると怒りを表明する人がいるが、むしろしっかりと休んでもらわなくてはならないのである。R&Rなしに、もうろうとした意識のもと、間違った意思決定をされるほうがよほど怖い。その意味では、指揮官の休息中にも一定以上のレベルでその業務を代替できる副官の準備を必ずしておく必要があるともいえる。
以上が歴戦の勇士が語る危機管理の要約本の要約(評者自身の個人的な見解も少々入ってはいるが)である。佐々氏の著作には、ここには書ききれなかったたくさんの珠玉の言葉がちりばめられている。この本に限らず、佐々氏の著書の一読をお薦めしたい。
評者:秋山 進(あきやま・すすむ)
1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。
主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。
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