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“言うべきことが言えない”という組織の大きなリスク|エイミー・C・エドモンドソン『 恐れのない組織 ~「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす~ 』(2021年)【リスクの本棚(連載第11回)】

time 2021/07/01

“言うべきことが言えない”という組織の大きなリスク|エイミー・C・エドモンドソン『 恐れのない組織 ~「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす~ 』(2021年)【リスクの本棚(連載第11回)】

一説には産業事故の7割がヒューマンエラー(人為的ミス)に起因するといいます。複雑高度に発達した私たちの社会システムでは、組織やチームといった単位で、これらエラーを抑止する取り組みが行われていますが、同時に組織やチームが原因となる大事故もたびたび発生しているようです。近年、生産性が高い効果的なチームの条件としてエイミー・C・エドモンドソン氏が1999年に提唱した「心理的安全性」(psychological safety)の概念が話題となっています。秋山進氏のシリーズ連載「リスクの本棚」の第11回は、エドモンドソン氏が失敗と成功の事例を通して「心理的安全性」を解説した最新著書『恐れのない組織』を取り上げていただきました。


連載・リスクの本棚~リスクに関わる名著とともに考える~vol.11

エイミー・C・エドモンドソン

『 恐れのない組織 -「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす- 』(2021年)

評者:秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)

 

■ “言うべきことが言えない” という組織の大きなリスク

2016年、グーグルから“最高のチーム”についての研究内容が発表された。
最高のチームを作るには「心理的安全性」が最も重要であり、この心理的安全性こそが他のポジティブな要因の土台とも言うべき不可欠なものだというのである。以降、このコンセプトは俄然世間の注目を浴び始めた。
このような経緯から、心理的安全性はイノベーションの文脈で語られることが多いが、組織のリスク制御の観点からも重要な示唆を与えてくれる。

恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす 単行本 – 2021/2/3 エイミー・C・エドモンドソン (著), 村瀬俊朗 (その他), 野津智子 (翻訳)
恐れのない組織(英治出版)

世の中に知られるような大失敗は、事後にその原因が分析され報告される。その多くは、もしその組織のなかに、リスクの指摘や改善提案などを行う文化があったならば、あるいは、上位者が下位者からの箴言に真摯に耳を傾ける習慣があったとすれば、ことが起こる前に問題が制御された可能性があることを指摘する。

とくに、現在のように不確実かつ不安定な時代にあっては、想定外は常に起こる。また、仕事のほとんどはチームで行われている。定型的安定的な行為を一人で行う時代はとっくに終わっており、複雑で変化する業務を相互に関係性がある複数のメンバーで進めていくのである。したがって、人々が虚心坦懐に自分の気づきや失敗を他者と共有し、互いに調整し学んでいかなければ業務は前に進んでいかない。その意味で、言うべきことを言っても問題とされない「心理的安全性」は、有ると良いというレベルのものではなく、無くては困るものなのである。

■ 言うべきことがいえない組織の失敗例

著者は「心理的安全性」の欠けた組織の失敗例を複数あげる。

まずは、フォルクスワーゲン(2015年)である。同社は、米国の厳しい排ガステストを合格させるために不正なソフトウェアを搭載したディーゼル車を1100万台以上も販売した。トップからの有無を言わせぬ過大な目標、無理ですと言えない組織文化、いつクビになるかもしれない恐怖。こういったものが充満する組織にあって、克服できそうにない技術的障害に直面したエンジニアたちが選んだ行為は、誰が見ても明らかな不正行為であった。

ウェルス・ファーゴ銀行(2016年)は、アメリカでも有数の優良な金融機関であった。時価総額はアメリカの銀行で第一位、全米の約3分の1の世帯と取引があった。この成功はコミュニティ・バンキング部によるクロス・セル(既存顧客に追加で他の商品を売ること)に依存していた。顧客一人当たりの販売商品数が、業界平均2.71なのに対し、ウェルス・ファーゴは6.11であった。このずば抜けたクロス・セルの成績は、実はフォルクスワーゲンと同じメカニズムによって作られていた。社員は経営陣からどう考えても不可能な目標を課せられ、不可能を可能にできなければクビだと申し渡されていた。細かい報酬制度が設計されクロスセルが推奨される一方、毎日4回も販売量を報告しなければならなかった。その結果、コミュニティ・バンキング部では、計200万にものぼる不正な顧客口座の開設とクレジットカードの作成が行われ、顧客に嘘をついて商品・サービスの販売が行われた。問題行為の横行に内部告発した者もいたが解雇された。

スペースシャトル・コロンビア号が大気圏に再突入した際に7人の宇宙飛行士全員が命を落とした事件(2003年)も、NASAという組織の心理的安全性の欠如が起こした事件であった。ことが起こる2週間前、NASAのエンジニアが打ち上げ日のビデオ映像をチェックしていたところ、断熱材がシャトルの外部燃料タンクから剥がれ落ち、左翼を直撃したように見えた。エンジニアはこの懸念を解消するために、シャトルの翼の衛星写真を見る必要があると考えた。そこで国防総省に写真の提供を依頼してもらいたいと上司にメールを送ったが、上司はそんな写真は必要ないと返答した。その後、社内の会議で本件が話題になったことはあったが、そのとき、このエンジニアは本件に対して「発言できなかった」のである。もし、問題を皆で話し合う組織文化があり、この場で検証作業が行われていれば悲劇は防げたかもしれなかった。

1977年、カナリア諸島のある島の滑走路で、2機のジャンボジェットが衝突して583人が死亡した事件も、心理的安全性の欠如に由来するものであった。ぶつけた方のKLMオランダ航空の操縦をしていたのは、同社の最上級のパイロットであり、ジャンボジェット機操縦のチーフトレーナーでもあり、他のパイロットたちの免許を交付する権限を持ち、6か月ことにフライトをチェックして免許を更新するかどうかを判断する「ミスターKLM」とまで言われた機長だった。その日、機長と一緒にコックピットにいた副操縦士と航空機関士の両名も一流の腕を持つベテランであったが、ちょうど2か月前に副操縦士の能力をテストしたのがその機長であったということが事件になんらかの影を落とした可能性がある。濃霧に覆われ滑走路が良く見えない状況下にあって機長が機体を前進させ始めたときに、副操縦士は、“前進するには早すぎる”、“管制の承認がまだ出ていない”ことを指摘したが、キャプテンは管制への承認を促す一方で、見切り発車をしようとしていた。副操縦士は、「まだダメです」と言わなければならなかったのに「言えなかった」。航空機関士は「パンナム機はまだ滑走路にいるんではないでしょうか」と疑問を呈することまではできたが、機長は「いや、出たさ」と言ったまま、離陸を続けようとした。これに対して二人は「もう何も言えなかった」のである。事実、不幸にもまだ別の飛行機が滑走路にいたのだった。そして両機は衝突した。このコックピット内では、明らかな危険が認知されていたにも関わらず、機長の権威に対し、ベテランの二人ですら「NO!」といえなかったのである。

著者が例として指摘したこれらのケースは、上位者の「無理な目標」設定や「恐怖」を使ったマネジメント、「部下からの指摘を握りつぶす」上司、といったことが原因となったものである。皆さんの組織においても、同様の小さな事件はいくらでもあるのではないかと思われる。そして、日々フラストレーションが溜まる状況にあるのではないだろうか。老婆心ながら大きな問題につながらなければよいが、と思う。一つ言えることは、NOと言えない、声を上げるべきときに上げられない組織は明らかに危ないのである。

■ 心理的安全性をどうやって確保するか

では、なぜ、部下は声を上げられないのだろうか。
著者は、世界中のマネジャー、科学者、セールスパーソン、科学技術者によく以下のような質問をするという。

「あなたの組織で起きる失敗のうち、責められても仕方がないと思われるものは何パーセントですか」。回答はたいてい一桁で、1~4%の場合もある。
次に私は「実際に非難に値すると見なされる失敗は何パーセントですか」と尋ねる。すると返ってくる答えは70~90%になるのだ。

組織においては、本来、人に由来しない問題が人のせいにされるという実感をほとんどの人が持っているのである。声を上げたり、問題の所在を表明してしまえば、下手したら犯人にされる。本来は、個人に帰すべき問題でないにも関わらず、誰かが非難の対象になるのだから、その対象にならないためには、黙って目立たぬようにしておくのが合理的な選択となる。

しかし、これを放置しておけば、問題が起こってしまう。組織はどのように文化を改善していけばよいのだろうか。
著者は、上司の役割を、「答えを持って命令する人」から、「方向性を定め学習する条件を整える人」に変えることを提唱する。さらには、「失敗は起こるものであり、そこから学ぶことが重要であると考える組織」に変え、そのため、「メンバーは率直に話しあい、素早く学ぶ組織に変えていく」ことを重要視すべきという。なかでも重要なことは、「失敗こそが組織や人を向上させる得難い経験」なのだという意識を「トップからボトムまでの組織全体で共有する」ことだとも言う。そして、実際に文化変革を成功した事例がいくつか紹介されており、そのプロセスや手法はたいへん参考になる。

ただ、組織には多様性があり、ビジネスの競争条件や変化のスピードなどもひとつ一つ違うから、実際に文化変革に成功するには、状況に合わせた多様な工夫が必要になるであろうと考えられる。

例を挙げよう。私が知るある組織は、もともと、言挙げも普通に行われるし、経営幹部も知ったがぶりをせずに「それ、知らないから教えて?」と虚心坦懐に聞く文化を持っている。このように言うと、すごく良い組織のようだが、実は徹底的な結果主義であり、印象やプロセスなどをまったく評価しない組織である。したがって賢そうに見せても仕方がないし、すべての人が結果にとことんこだわるので、率直なコミュニケーションが行われていたのである。発言したからといって、評価を下げられたり、ましてやクビになったりすることはないので、それは「心理的安全性のある組織」と言えるだろう。そして、そのことによって生まれる率直なコミュニケーションによって、イノベーションは生み出され、成果も上がっていた。したがって、著者の考える良い組織のモデルの一つと言えるような状況であった。

しかしながら、この組織に存在した「心理的安全性」や「率直な言挙げ」は、一般に考えられるような健全な安全性とは違い、シビアで言うべきことを言わないことが徹底的に非難されるような厳しいものであった。著者は、このあたりについても本書でしっかりと答えていて、“心理的安全性が高くかつ業績基準が高い組織”と、“心理的安全性が高いが業績基準は低い組織”を別のものとして考えており、心理的安全性は後者に見られるようなぬるま湯的なものだけではないことを強調している。とはいえ、私の経験から言うと、この“心理的安全性が高くかつ業績基準が高い組織”は、イノベーションの観点から見ると問題はないが、組織リスクの観点から言うと、よほど組織内に外部視点を入れ込む工夫をしておかないと特定の価値観や技術観のもとに突っ走ってしまい、外部の言うことを聞かず、問題を起こしてしまう。

したがって、本書で言う「心理的安全性」の概念を組織リスクに利用するには、その概念を細かく分類して把握し、一方で組織の在り様もまた細かく把握しながら、細心の注意を払って適用する必要があると考えられる。心理的安全性を確保しただけでは組織的問題の発生の抑止には不十分なのである。ただ、このような適用を考察することは著者の役割ではないし、本書の範囲外のことである。したがって、それを実行すべきは、リスク制御にかかわる専門家の役割ということになる。


評者:秋山 進(あきやま・すすむ)


1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。

主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。

【関連リンク】
・プリンシプル・コンサルティング・グループ:https://www.principlegr.com/
・麹町アカデミア:http://k-academia.co.jp/

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