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ジャレド・ダイアモンド『 危機と人類 (原題:Upheaval) 』(2019年) 【リスクの本棚(連載第18回)】

time 2022/02/01

ジャレド・ダイアモンド『 危機と人類 (原題:Upheaval) 』(2019年) 【リスクの本棚(連載第18回)】

二年にわたって世界のサプライチェーン問題を悪化させ、同時に社会・経済活動を混乱に陥れたパンデミック(新型コロナウイルス感染症)を“国難”としないよう今世界は一体となり対応にあたっています。私たち人類は、各国家が様々な国難を乗り越えては発展してきた歴史ですが、参考にすべきは、世界の国々がこれまでどのように国難を乗り切ったのか、ということになります。そこで秋山進氏のシリーズ連載「リスクの本棚」では、鳥類専門の進化生物学者ジャレド・ダイアモンド博士が、人類の歴史を比較分析した一連の啓蒙著作シリーズのうち、歴史上の国難(国家的危機)を世界7か国の事例を交え分析した本書「危機と人類(Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change)」を取り上げていただきました。


連載・リスクの本棚~リスクに関わる名著とともに考える~vol.18

ジャレド・ダイアモンド
『 危機と人類 (原題:Upheaval) 』(2019年)

評者:秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)

 

ジャレド・ダイアモンドは世界的に有名な進化生物学者であり、代表的な著書には「銃・病原菌、鉄」「文明崩壊」などがある。本書は、個人が危機から脱するための*12段階(リンデマン)を国家になぞらえて、国難ともいえる危機を乗り切った6つのケースを解説している。

取り上げられているのは以下の6つのケースである。

1. 第二次大戦および戦後にソ連の脅威に対抗したフィンランド


危機と人類(上・下)
(日本経済新聞出版)

1939年、フィンランドは大国ソ連の侵攻に対して決してあきらめずに壮絶な抵抗をした(冬戦争と言われる)。その抵抗があまりに強烈だったため、ソ連はフィンランドの全土制服を思いとどまって終戦する。
フィンランドは領土の一部をソ連に割譲して和平条約を結ぶ。さらに、その後は、ソ連からの圧力をかわすために、徹底的にソ連に配慮した対応を行った。たとえば国民のソ連批判を自己検閲するなどの涙ぐましい努力である。これらのソ連にすり寄る対応は、西側諸国からは「フィンランド化」と侮蔑されたが、冷戦下にあって徐々にソ連と西側諸国の中間者として機能するようになり、その必要性が国際的に認知されるようになった。一見したところ屈辱的ではあっても、フィンランドのとった現実的な対応による独立の維持は素晴らしいものであり、高く評価されるべきだと著者は言う。

 

2. 黒船襲来からの日本の明治維新

諸外国からの攻勢にあっても、それを巧みにはねのけた最大の成功例である。西洋のやり方を取り入れて近代化したように見せるものの、中身は変えない。軍の整備や政治経済面で、欧米各国のなかで自分たちに一番よく合うものを選択してパクる。儒教的価値観、神道、文字文化はさわらない。このように危機にあっても、自分を決して見失わずに賢く対応できた日本人は素晴らしかった。

 

3. チリの軍事クーデターとその後

南米唯一の安定した民主主義国だったはずなのだが、ピノチェトの軍事独裁政権(1973)へと大変貌してしまった。1970年に左派のアレンデが大統領になり、企業の国有化などを進めたのが失敗し、ハイパーインフレ、ゼネストで大混乱が起きたからである。その収束のために軍事クーデターが起こり、その後17年間ピノチェトが独裁することになった。ピノチェト政権下において起こったのは左派の皆殺しであった。一方、経済政策に関してはシカゴ学派の重鎮を招き、徹底的な自由市場経済化を行った。時をへて最終的には国民がピノチェトの大統領再選をストップし、民主主義化に成功した。(なぜこれがうまくいったのか、著者が評価しているのか、いまいち評者にはよくわからなかった)

 

4. インドネシアの独立後の混乱

戦後独立したインドネシアの初代大統領スカルノ。第三世界の反植民地のリーダーになるという野望を持っていた。しかし政治の状況は、親スカルノ派、軍部、共産主義者の3派に分かれ混乱していた。65年に共産主義者によるクーデター未遂事件が起こった際、軍部を率いたスハルトが全権を掌握し、百万人単位の大虐殺を行った。スハルトは自由市場主義経済を導入したが、一方で露骨な身内への利益誘導を図り、世界でもっとも腐敗した政権と呼ばれるようになる。その後30年超独裁が続いたが、スハルトも75歳を超え、99年から選挙が実施されるようになる。国家と国民の成熟である。インドネシア語の普及とともに、もともと希薄であったナショナルアイデンティティが醸成されてきている。

 

5. 2度の世界大戦に敗れたドイツ

ナチス後のドイツ。経済は崩壊していた。西欧諸国はドイツを強くしたくないという意向を持っていたが、共産主義の防波堤としての西ドイツの利用を画策したアメリカは、マーシャルプランの対象に西ドイツを含める(1948年)ようになる。西ドイツは、はじめナチ政権の残虐行為に対して積極的な謝罪を行わなかったが、その後政権についたブラント首相は社会変革活動を行うとともに、自ら各国に出向き、謝罪会見を行った。この行為によって、各国からの信用が回復し、再び世界の一員として行動できるようになった。

 

6. 英国から見放されつづけたオーストラリア

オーストラリアは自分のことを英国の一部であるとずっと考えてきた。英国系で白人の国家である。しかし英国は、地理的に遠く、経済的重要性も(当時)あまりなかったオーストラリアに対して冷淡であった。第二次世界大戦時には、シンガポールにある英国の海軍基地が日本に攻撃され無力化されてしまったため、オーストラリアを助けることは(でき)なかった。さらにはオーストラリアよりもEEC(ECを経て現EU)を重視するようになった。そんな中で、オーストラリアでは、アジア系の移民も増えたことから、ナショナルアイデンティティをどう定義するかが問題となった。そして現在は「大英帝国の一部」ではなく「アジアを隣人とする環太平洋の国」へと転換を遂げ、周辺のアジア各国との政治的・経済的に良好な関係を作り上げた。

著者によると、これら6つの国家は、リンデマンの12段階(*)を踏襲した形で、国難にあって自らを見失わず、状況をしっかりと把握し、取りうる選択肢のなかで最適と考えられるものを選択し、少しずつ状況を改善しながら、最終的には危機を乗り越えたということになる。

 

■ 日本とアメリカ、世界のこれから

本書では、過去だけでなく、日本とアメリカの現在から未来についても語っている。

日本には、政府債務の問題、女性の地位の問題、少子化の問題がある。そして将来、移民の受け入れが必要となるであろう。国際問題では、中韓にしっかりとした謝罪を行っていないことが大きな問題である。子供たちに対して戦争についての教育もやっていない(ドイツはやっている)。捕鯨とかバカなこともやっている。現実的で賢い対応をできているとはいえない・・・とのことである。過去の日本については絶賛した著者だが、今日の日本の対応については手厳しい。(日本の現実について、しっかりと把握していないところも多々みられるように思われる)

アメリカにはいろいろすごいところがあるが、50州でいろいろな取り組みが行われ、成功したものを全土で使うことができるのが強みである。現在の問題は、二極化である。また飛行機網が発達したため、議員が毎週末選挙区に帰ってしまい、議員通しでいろいろな話をしていないから政策論議が深まらない。経済格差の問題も大きく、機会の平等も実際には存在していない。選挙の登録制により、貧困層を投票行動から実質的に締め出しつつあることも(知られざる)大問題。資金提供者の意向がさらに重要視されている。教育への投資がどんどん減少している。

そのうえで著者は、最後にこれからの世界の問題を述べる。もっとも重要なものは、核兵器、温暖化、資源の枯渇、国家間の生活水準の格差としている。なかでも温暖化は深刻で猶予期間は数十年と考えている。

こんな感じの内容である。博学な著者による本書は、原書での英語もやさしく、読んでいてとても面白い。とくに自分が知らないフィンランドやチリの過去の対応はたいへん興味深く読める。一方で、こと日本のことになると、ステレオタイプ的な認識にとらわれていると思われるところが多々あり、「わかっていないなあ」と思うところがいくつもある。そこで否応なく突きつけられる問題は、私自身がフィンランドやチリの話を読んで「へー、そうなんだ」と思うと同様、この本を読む世界中の人たちは「日本ってそういう風になっているんだ」と認識することである。(ちなみにビル・ゲイツもこの本をおすすめ本として紹介していた)ダイアモンドのように、世界から尊敬を受けている学者が書いて、その書が広がってしまえば、それは本当は事実ではなかったとしても、事実と思われてしまうのである。

そういう意味において、国家レベルだけではなく、個々の組織レベルにおいても、同様のリスクがあることを認識しておかなくてはならない。信頼できると思ってもらえる、しっかりとした英語での発信を戦略的に行わなくてはならないし、影響力のある個人や機関には正しい認識をもってもらうべく積極的な情報提供をしなくてはならない。

もともとは国家の危機対応の在り方を知ろうと思って読んだ本だが、それよりも国際的な情報発信のあり方について強く考えさせられることになった一冊であった。

 

* 個人が危機から脱するための12段階(リンデマン)
1 自分が危機にあることを認識する、2 対処すべき責任が自分にあることを受け入れる、3 フェンスを張って自分が解決しなければならない問題だけを扱う、4 他者や他のグループから物質的精神的な援助を受ける。5 問題を対処するモデルとして他者を利用する。6 自我の強さ(を取り戻す)、7 正直な自己認識をする、8 過去の危機対処の経験(を利用する)、9 忍耐(する)、10 柔軟なパーソナリティ(を発揮する)、11 核心的価値観(を明確にする)、12 個人的な制約から自由になる。

 


評者:秋山 進(あきやま・すすむ)


1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。

主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。

【関連リンク】
・プリンシプル・コンサルティング・グループ:https://www.principlegr.com/
・麹町アカデミア:http://k-academia.co.jp/

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