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バイデンのアメリカは、中国と世界とアメリカ人にどう対峙するのか|渡部恒雄『 2021年以後の世界秩序 』(2020年12月)【リスクの本棚(連載第6回)】

time 2021/02/01

バイデンのアメリカは、中国と世界とアメリカ人にどう対峙するのか|渡部恒雄『 2021年以後の世界秩序 』(2020年12月)【リスクの本棚(連載第6回)】

中国湖北省武漢市で発生した新型ウイルスが世界大流行(パンデミック)した2020年。未曽有の感染症禍で世界経済が停滞するなかで、国際社会での摩擦を顧みずに中国共産党は一党支配を強め、米国大統領選挙ではトランプ対反トランプ陣営の争いを呈し米国内が二分し、国際社会は混沌の度合いを深めている。さて、リスクにかかわる名著を毎回1冊取りあげていただき、秋山進氏にその本の要約をいただくシリーズ連載「リスクの本棚」の第六回は、国際情勢分析の専門家として知られる渡部恒雄氏(笹川平和財団上席研究員・戦略国際問題研究所非常勤研究員)の新書『2021年以後の世界秩序~国際情勢を読む20のアングル~』を取り上げました。


連載・リスクの本棚~リスクに関わる名著とともに考える~vol.6

渡部恒雄『 2021年以後の世界秩序 』(2020年)

バイデンのアメリカは、中国と世界とアメリカ人にどう対峙するのか

評者:秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)



世界有数のリスクコンサルティング会社であるユーラシアグループは、グローバルな地政学的リスクについて、年初にその年の10大リスクを発表する。今年のナンバー1リスクは、「新型コロナによる影響」を抑えて「第46代アメリカ大統領」となった。アメリカの状況が不確実性に満ちており、分断の状況が続いて、新大統領が再び安定した統治を復活させることができない可能性を示唆している。

たしかに、この4年間、世界はトランプ大統領の一挙手一投足に翻弄された。そして、その行動の多くは、世界の利益ではなく、自国の利益ですらなく、自分および取り巻きの個人的な利益、そして自分の再選を目的とする行動のように思われた。今回の大混乱の選挙の結果、トランプ氏は“前”大統領ということになり、78歳のジョー・バイデン氏がホワイトハウスの主になった。そして副大統領には黒人女性であるカマラ・ハリスが就任した。

ではこの後、アメリカはどうなるか、米中対立はどう進むか、ヨーロッパは、アジアは・・・。


2021年以後の世界秩序
―国際情勢を読む20のアングル―
(新潮新書)

この不透明な時代を読み解くために、当代随一のワシントンウォッチャーであり国際政治分析の第一人者である渡部恒雄氏が、世界情勢を20の視点(アングル)から分析したのが本書である。現実に起こっている事象の背後に何があり、それが何に由来し、またそれぞれがどのように関係しているか、そして今後どのようなことが起こりうるか、を一般人にわかりやすく解説してくれている。詳しくは本書を読んでもらいたいが、20個のアングルを通して、評者自身が強く印象に残った内容について、まとめておきたい。

◆1.バイデンは国内の分断を回避できるか

アメリカには経済的な側面からの分断、すなわちグローバリズムによる恩恵をうける豊かなエリート層と、取り残された層の分断がある。取り残されたものの代表的存在はラストベルトの白人の労働者層であり、過去の偉大なアメリカが失われていくことに怒りを感じている。別の層は、マイノリティなどを中心に、十分な教育を受けることができず、結果の平等ではなく機会の平等すら与えられていない状況に不満を持つ人々である。これらの経済的な側面からの分断はアメリカの大きな問題であり、この点は一般的にもよく報道されている。

しかし、アメリカには別の分断もある。文化的な分断である。聖書に書かれている内容を深く信じるキリスト教の福音主義者と呼ばれる人たちと、同性婚の合法化や妊娠中絶の推進、アファーマティブアクションなどを良しとするリベラル派との対立は、社会や人の生活の中の何に価値を見るかという違いの問題であり、それぞれが大事に思い、守らなければならないと考えることの違いが鮮明になり鋭く対立している。

そして、現在のアメリカは、これらの複数の分断がクロスオーバーした複雑な社会になっている。トランプは裕福なビジネスマンであるが、グローバリズムから直接の恩恵を受けないドメスティックな不動産業の出身である。移民の排斥を叫び、仕事の国内回帰を誘導し、親イスラエル政策を推進することでラストベルトの白人層、そして福音主義者の支持を獲得することに成功した。さらには、グローバルエリートがあらゆる手段を通じて自分(それはすなわち支持者たちにとっての自己同一的なシンボル的存在)を排除しようとしているという一種の陰謀論を信じこませ、カリスマとしてそれらの人々を扇動し、他の価値を信じる人々との間の亀裂を深くさせてしまった。トランプ政権の最初の国防長官であったマティス氏によると「ドナルド・トランプは私が人生で見た中で初めての、アメリカ国民を一つにしようとしない大統領だ。そうしようとするふりすら見せない」、「代わりに我々を分断しようとしている」と批判している。

新大統領バイデンはこれらの分断状況を星条旗のもとに統合できる手立てをもっているのか。問題の複雑性ゆえにその難易度は高く、著者は楽観的な見通しを示してはいない。

◆2.中国の台頭にアメリカはどのように対応するか

中国の軍事的、経済的な攻勢はとどまるところを知らず、その活動は現状を力によって変えようとする“世界秩序への挑戦者”のそれである。キューバ危機時の意思決定の分析でも有名なグレアム・アリソンの分析によれば、過去500年のうちに、新興国が覇権国を脅かした例が16件あり、うち12件で戦争が起きたとしており、この現象に「トゥキディデスの罠」という名をつけた。今後、米中が部分的に戦争状態になりうる可能性は否定できない。

このような状況下にあって、覇権国たるアメリカの新興国中国に対する基本戦略はどのようなものか。これについて著者は、個々の現象としてのハーウェイ排除や、関税の付加といった策にも触れているが、もう少し大きな視点をも提供してくれている。アメリカの対抗国に対する基本戦略としては、伝統的に①封じ込め ②関与政策 という2種があるという。そして現段階は、まだ①ではなく、②である。ただし、②の関与政策の中にも二つあって、そのうちの「協調的な関与パラダイム」ではなく、「対抗的な関与パラダイム」であるという。この基本戦略にのっとれば、貿易その他においても、完全にデカップリングを行うのではなく、戦略性の高い部分に特化した部分的なデカップリング(パーシャル・ディスエンゲージメントなどとも呼ばれる)が選択されるはずであるとする。
とはいえ、中国の領土拡張主義、経済的な侵略、国際機関の支配、など、修正主義的行動は現段階においてとどまるところを知らない。覇権争いはさらに緊迫し、トゥキディデスの罠にはまるかもしれない。このようなことを背景に、アメリカは、中国の一帯一路戦略に対抗する意味で、これまでのアメリカと当該国との2国間連携であるハブアンドスポーク戦略から、地域のネットワーク化という戦略に変更してきている。諸国の連帯による中国の囲い込み戦略である。そして、インド太平洋戦略構想はその中核にある。

◆3.世界を席巻するポピュリズムはどうなる

全世界でポピュリストが大きな勢力となりつつある。ポピュリストの共通項は、移民・難民への強い反発と、その裏返しとしての強いナショナリズムである。この移民排斥とナショナリズムを引き起こしたのは、中東シリアでの大量の難民の発生であり、これを引き起こしたのは大国の利害が絡み合った長年にわたる内戦である。これらの移民排斥とナショナリズムの空気がヨーロッパの空気を大きく変え、世界も大きな影響を受けた。そしてメキシコとの国境に壁をつくることを公言したトランプが大統領になったのである。

現在の新型コロナウィルスで経済的に弱っている国際社会において、仕事を奪い(ように見える)、危険なウィルスを持ちこむ“よそ者”を排除したい民意はさらに高まり、ポピュリズムが加速する可能性は高い。世界の情勢は、全体主義を生み出してしまった第一次世界大戦後の不安定な世界と同様な状況になる可能性もある。その嚆矢がトランプとその支持者の台頭であった。ただ著者によるとトランプは「正直なポピュリスト」であったという。正直とは行動の背景にある目的や動機や、交渉相手の好き嫌いがはっきりしているという意味であろう。そして「より巧妙で賢いトランプ」が生まれることを警戒すべきと記しているが、賢いトランプとはどのようなものか。評者はヒトラーのことを思い浮かべたが、AIやソーシャルメディアを駆使し、ナチスを超える巧妙で力強い勢力が生み出される可能性は否定できない。

◆4.日本はどうなるか

さて最後に日本である。国際情勢の分析をメインテーマとする本書は日本について多くを語ってはいない。ただ、周辺国の状況については記している。トランプ氏が自分の再選のためにしくんだ金正恩との世紀の会談は、北朝鮮に核の廃棄を迫るはずが実際には何の成果もうまなかった。それどころか、ふたたび北朝鮮を軍拡に走らせている。韓国と日本の関係はいろんな面で取りざたされるが、米韓の関係も万全ではない。東アジアの軍事状況を理解しないトランプ大統領が、貿易上の損得勘定から両国間のFTAを破棄しそうになり、閣僚がその文書をトランプの机の上からこっそり抜き取って事なきを得たといった話には驚嘆させられた。米韓の関係の不安定さは日韓の関係の悪さと負の相乗効果を起こし、日本にとっては悪夢ともいえる状況となりえる。

また、日本の安全保障を考えるうえでは、北朝鮮の核だけでなく中国から日本にむけられている中距離ミサイルについても留意しておかなければならないことも述べられている。そんななか、日本政府が米国などと協調しながら進めている「自由で開かれたインド太平洋構想」の可能性が語られている。そして、いまやアメリカの基本構想にまで発展したこの構想も、もとはといえば、2016年のアフリカ開発会議の安部首相の基調講演に由来した日本政府による構想であることも明記されている。

◆5.そして世界はどうなるか

米国主導の国際秩序(パックスアメリカ)の解体、中国中心の国際秩序(パックスチャイナ)の可能性、または、米国一国ではなく、それを支える日本や欧州などのミドルパワーのネットワークによる新しい形の秩序、あるいは、秩序が失われたまま、世界がより深刻なアナーキー(無政府的無秩序)に向かう、等いろいろな可能性がありえることを著者は示すが、ただ、まだその帰趨を判断する段階ではないという。

後付けの説明は賢い人なら誰でもできるが、状況が動いているさなかに、それぞれのプレーヤーが明示的暗示的に従っている運動法則を発見することは難しい。著者は、本書の“おわりに”にて、国際政治の分析を志した理由を亡父である有力政治家 渡部恒三氏の親友、小室直樹氏の著書「ソビエト連邦の崩壊」を読んだことだと語っている。ソビエト連邦の崩壊は、ソビエトが崩壊する10年以上も前に、ソビエト連邦を動かしている運動法則の基軸が機能しておらず、体制の存立基盤がすでに失われていることをもってその崩壊を鮮やかに予言した画期的な書であった。本書「2021年以後の世界秩序」もまた、すでに世界の運動法則をあらかた把握している著者が、一般向けの新書であることから現象面の記述に限定しながらも、その法則の一端を示してくれた書でもある。そして、これらの法則どうしの相互作用のもたらす蓋然性の高いいくつかのシナリオを見せてくれてもいる。おそらく次回作では、歩みをさらに進めて、我々に世界リスクの核心とその結末を示してくれるだろう。評者は、本書からその日が近々訪れることを確信したのであった。



評者:秋山 進(あきやま・すすむ)


1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。

主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。

【関連リンク】
・プリンシプル・コンサルティング・グループ:https://www.principlegr.com/
・麹町アカデミア:http://k-academia.co.jp/

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