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【リスクの本棚(連載第16回)】“直感”と“科学”を考えるための優れたテキスト ―― 小松左京『 日本沈没 』(初版1973年) | 著者:秋山進

time 2021/12/01

【リスクの本棚(連載第16回)】“直感”と“科学”を考えるための優れたテキスト ―― 小松左京『 日本沈没 』(初版1973年)    |  著者:秋山進

災害大国日本には、多くの自然災害リスクがあります。絶えず活動する地球表面を覆う巨大な十数枚のプレート(岩盤)が四つ重なる“日本列島”は、火山列島であると同時に世界有数の地震多発地帯であり、また地理的に偏西風に煽られた台風の進路上に位置するので大雨や風水害も数多く発生します。世界地図に占める日本の国土面積は約0.25%に過ぎませんが、世界で発生する地震の二割、世界の活火山の一割が日本に集中しているそうです。東日本大震災から十年以上を経て「南海トラフ巨大地震」「富士山噴火」「首都直下地震」といった巨大災害の発生が近い将来確実に起こるとされており、日本は今や「大地動乱の時代」に入ったとされています。秋山進氏のシリーズ連載「リスクの本棚」では、1973年(昭和48年)に発売されるや四百万部という空前の大ベストセラーを記録し、その後テレビ、映画などで何度もリメイクされて社会現象となった近未来災害SF小説「日本沈没」を取り上げていただきました。


連載・リスクの本棚~リスクに関わる名著とともに考える~vol.16

“直感”と“科学”を考えるための優れたテキスト

小松左京『 日本沈没 』(初版1973年)

著者:秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)



現在、本書を原作としたテレビドラマが放送されている。もとはといえば、SF作家の小松左京氏による1973年初版のベストセラー小説である。当時は、とこにいっても「日本沈没」の話題で持ちきりであった。小学生だった私のクラスでも話題になっていた。「この近辺だと、どこから沈むのだろうか」と。



日本沈没(上・下)
(角川文庫)

その後も、定期的に映画やドラマなどが制作されたが、私にとって「日本沈没」が身近に感じられたのは、就職で関西から上京した1987年のことであった。地震があまりにも多いのである。小さいものであれば月に1回くらいは起こるようなイメージであった。いまではすっかり慣れてしまったものの、当時はかなり恐ろしく、そこで講読したのが本書であった。

本書によると、日本が沈没する前には、太平洋側および日本海側で地震が頻発し、火山が噴火し、軽石が流れ着くのである。日本列島の地下の構造が大きく崩れ、地球上から日本列島が消え去ってしまう。丁寧な学術的解説(ただし当時の研究水準である)も信ぴょう性を感じさせ、ほんとに沈没しちゃうかも、と思ったものだった。

その後、東京で30年以上暮らし、その間に関西と東北で大震災があった。そろそろ東京にも大きな地震が来るのだろうな、と不安に思う日々である。太平洋側だけでなく、日本海側でも地震が頻発し、阿蘇山が噴火し、富士山噴火のリスクについても語られている。さらには海底火山が噴火し、軽石が海岸にながれついている。本書ほど早回しで事態は動いていないが、本書と同様のことが実際に起っている。日本の地盤の下でいったい何が起こっているのか、恐ろしい事が近づいているのではないだろうか・・・。ただ残念なことに、最先端の調査分析を行う専門家でさえも、正解を知らない。そのような状況である。

● 非主流派の一匹狼の言説にある真実

そこで、再読してみたのが本書である。

本書で述べる日本沈没が実際に起る可能性、および、その理由の解説などは、50年前の学問水準の説明であるゆえ、あまり参考にならない。

むしろ、この本の興味深いポイントは、一匹狼であり学会の主流派から疎まれている田所博士の直感が導き出した「日本列島の沈没」という仮説が、社会によってどのように扱われたか、扱われたであろうか、といったところである。

田所博士の仮説は、学会等で発表されることはなかった。

「…対策の準備も、‥‥何よりも、この変動の性格を見抜くのが遅れるため、あらゆる準備は、一年以上、…いや、二年でも遅れたでしょう…。今のアカデミズムのシステムでは、間際になっても、まだ意見の対立があってごたついたでしょうからね。―――科学というものは、直感だけでは、うけつけてくれませんからね。証明がいるのです。たくさんの言葉や、表や、数式や、図表をならべたペーパーがいるのです。開かれた心にうつる異常の相、などというものだけでは、誰も耳を傾けてくれません。まして、私はアカデミズムに疎まれていましたからね・・・」

人間が科学的にデータを集め、その結果から導き出した理論を作るようになったのは、たかだかこの200年くらいのことにしか過ぎない。したがって、地球といったものを対象にする場合、その短い期間では十分なデータを集められていない可能性が高いのである。ブラックスワンのタレブのたとえにあるように、999日大事に大事に育てられた七面鳥は、その999日を統計的に分析すれば、飼育者は毎日決まった時間に食事を用意してくれる親切で信頼できる優しい人たちなのだ。しかし、クリスマスを前にした1000日目に飼育者は鬼に変わり、七面鳥には悲劇が訪れる。我々がとれるデータから理論化してみたものは、せいぜい七面鳥の経験則くらいのようなものと考えられるのである。

したがって、田所博士曰く、大事なのは直感であり、勘なのである。ただ、勘を声高に叫ぶだけでは、山師であり、ペテン師であり、相手にされない。そこで科学的証明が必要となるが、科学的に証明するには、十分なデータと十分な検証が必要となる。そのためには莫大なお金ととほうもない時間がかかるのである。

新型コロナウィルスが蔓延した日本にあって、われわれは専門家の意見を聞き、そのアドバイスにしたがって行動しようとした。さらには、行動抑制をするにあたり、根拠のある科学的な説明を要求したのであった。しかしながら、残念なことに、それほど十分な説得力を持つ科学的説明やそれに基づく行動のアドバイスは得られなかった。よって、それをもって専門家の権威を否定するような言動をたくさん見聞きすることになったが、それは見当違いといえるであろう。まったく新しい事象に対して素早く対応することは、科学は不得意なのである。わかっている限られた範囲内において、それなりの成功確率がある手段をアドバイスするくらいが精一杯なのである。したがって、新奇性のある出来事に関しての真実は、科学的態度を超えた直観をもとに意見する山師の説にあったりする。

それゆえ、あくまで科学的根拠にのっとって意思決定するか、直感に基づく科学的態度を超えた専門家の持論(とはいえ、一定レベルの科学的根拠は持っているもの)をもとに意思決定するかは、政治家の役割となる。「日本沈没」では、田所博士の珍妙とも思える日本沈没説に総理大臣が反応する。可能性があるかもしれないと“直感”したのであろう。これについて首相の腹心である官房長官はこう考えていた。

国政の最高責任者である人物が、ひょっとしたら、おかしな「気の迷い」から、とりかえしのつかない大いんちきに足をふみこみかけているのではないか、とういう危惧が当初から彼につきまとってはなれなかった。

本書では総理の“直感”のおかげで、秘密裏に大がかりな調査が進められ、日本沈没の蓋然性が高いことが導かれた。そのおかげで、日本国民8000万人を諸外国に避難させることに成功したのであった。アカデミズムの科学的証明を待っていたら、さらにとんでもない悲劇的結末を迎えていたであろう。

● 政治家のそれっぽい発言には裏がある

この一連の物語のなかでは、もう一つ特筆すべき面白い出来事があった。

日本沈没がまだ可能性として考えられていた段階で、総理大臣は今後の日本の進むべき道として、“世界雄飛”というコンセプトを国内外に発表する。もっと多くの日本人が積極的に外国に出て、バリバリと活躍する時代がやってきた!政府はそれを支援しますよ!というものである。発展段階的に見て、このようなコンセプトを述べることは不思議ではないが、かなり唐突感のあるアナウンスであった。この表明は、実際には、今後、日本人が外国へ避難し移住するための、前振り的な意味を持っていた。

田所博士があたふたと横須賀へ向けて出ていったあと、幸長は溜息をついて、テーブルの上の総合雑誌をとりあげた。――首相が、「世界雄飛」を思いついたという、論文が出ている雑誌だった。
「うまいものだな…」と、幸長はそのページを開きながら、嘆息した。「政治家の連中ってのは、それはそれで、非常に頭がいいな。一つの事をいい出すのに、ちゃんと口実をつくっておく。」

これは政治にかかわる者の基本的な行動様式である。どう転んでもよいように、あるいはこれから行われる準備の本当の理由を隠すための大義名分として、それっぽい言葉が語られるのである。

現在の日本列島には、自然災害に関するたくさんのリスクが充満している。もし最高権力者やその周辺にいる有力政治家が、もっともらしいものの、とってつけた感があったり、腑に落ちぬ感じがぬぐえない発言をするとき、それは、本書における“世界雄飛”と同等の含みを持つ、なんらかのサインかもしれない。

このような観点から、本流から離れた直感型の科学者の説、有力政治家の意味ありげな発言、などは常に注目しておく必要があるだろう。

● 臨戦態勢を常態に

人類は、新型コロナウィルスに対してはようやく対抗できる手立てが整いつつある(ように見える)。しかしながら、スーパー台風、大洪水、大地震、大火災、火山爆発、地球温暖化から来る様々な現象はそう簡単にコントロールできるものではなさそうである。

われわれは、きっと、常態とは何かを転回させないといけないのである。何もないことが普通ではなく、何かが起こることが普通なのであり、どう転んでも対処できるような準備を常にしておかなければならないのだ。ただ、これも人類の長い歴史から考えれば、われわれがこれまで常態と思ってきたのは七面鳥の999日だったのであり、生死をかけた臨戦態勢のほうが普通なのである。それゆえ、われわれが今すべきことは、生き物としての“直感”を取り戻すことなのである。


著者:秋山 進(あきやま・すすむ)


1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。

主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。

【関連リンク】
・プリンシプル・コンサルティング・グループ:https://www.principlegr.com/
・麹町アカデミア:http://k-academia.co.jp/

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