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【リスクの本棚(連載第19回)】
草森紳一『 絶対の宣伝(全四巻)』(初版1978~79年)
ナチスのプロパガンダは、いかに遂行されたのか | 評者:秋山進

time 2022/03/01

【リスクの本棚(連載第19回)】<br />草森紳一『 絶対の宣伝(全四巻)』(初版1978~79年)<br />ナチスのプロパガンダは、いかに遂行されたのか  |  評者:秋山進

企業の顔となる広報・PRとプロパガンダは似ています。「プロパガンダ」は、ある政治的意図のもとに主義や思想を強調する宣伝のこと(「大辞泉」小学館)で、「広報・PR(パブリック・リレーションズ)」は、団体・企業などが、施策や事業内容、主義主張、商品などについて大衆の理解と協力を求めるために各種の媒体を通じて広く知らせることだと言います(「日本国語大辞典」小学館)。企業の広報・PRと、世論操作や大衆扇動を目的とするプロパガンダとでは、発信された情報が社会規範や倫理観から逸脱しているかの違いはあるものの、その手法自体に大きな違いはないようです。今回の秋山進氏のシリーズ連載「リスクの本棚」では、ナチスドイツが行ったプロパガンダを分析した「絶対の宣伝(全四巻)」を取り上げていただきました。


連載・リスクの本棚~リスクに関わる名著とともに考える~vol.19

草森紳一
『 絶対の宣伝 全四巻 』(初版1978-1979)

ナチスのプロパガンダは、いかに遂行されたのか

評者:秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)

 

先日、北京オリンピックが開催された。いまとなっては当たり前だが、オリンピックが国威発揚のイベントとして注目されるようになったのはナチス政権下のベルリンオリンピック(1936年)からである。





絶対の宣伝(全4巻)
(文遊社)

ナチスは、みずからの第三帝国が国際社会に認められていることを誇示するために、このスポーツの祭典をとことん利用した。ベルリン市内は、メインストリートから裏の路地まで、世界各国の旗で飾られていた。戦勝広場には、青、黄、黒、緑、赤の五輪マークのはいった大旗や、新生ドイツのハーケンクロイツ旗にあふれた。そして人の度肝を抜くような巨大な競技場を作ったのである。視覚的に世界の人々を圧倒し、世界と共存しているように見せつつ、ナチスの力を誇示したのだ。本書「絶対の宣伝」シリーズは、このようなナチスのプロパガンダを多方向から分析し、論理的かつ直観的に臨場感をもってその実像を明らかにするものである。

まずナチスとは何ものか。ともするとユダヤ人排斥のおぞましい歴史的事実に目がいき、彼らが行っていた政策について、意識が遠のいてしまう。政策的には国民社会主義とよばれるものだった。ドイツにはこの時期、二つのイデオロギーがあった。一つは皇帝を頂点にして国民の結束を説く国民主義で、これは資本主義とセットになっていた。もう一つは社会主義であり、国境を越えた労働者階級の連帯を重視した。そしてこちらは私有財産の制限を行う計画経済とセットになっていたのである。ナチスは、その二つの良いところを継ぎ合わせようとしたのだった。具体的には、国民の結束をもとにした一国での社会主義的経済施策であり、このとき国民結束の道具として選ばれたのがユダヤ人排斥である。これらは、ナチスやヒトラー独自のものというのではなく、ドイツの状況をマーケティングすると自動的に生成しうる(第一巻の巻末の片山杜秀氏の解説)のだが、実現不可能なパッケージであり結びつけられない。しかし、国民主義と社会主義を連結させるために、ナチスはうまい手を考えた。ユダヤ人の財産を奪って財源を作り国民にばらまくのである。この人気取り施策は一時的には大成功をおさめたが、そもそも政策には合理性も継続性もなく、分け前の原資がなくなったら破綻せざるを得ないものであった。かくして12年でナチスは崩壊した。

とはいえ、このような無理筋な政権が短期間であっても文明国であるはずのドイツを支配したのはなぜかということが重要である。ドイツ人たちは、なぜハイルヒトラーと叫ぶことになったのだろうか。そして、素朴な疑問としては、もしこの時代に自分がドイツ人だったら、ハイルヒトラーと叫んで熱狂したのだろうか。

もちろん、令和の日本にあって考えたらありえないのだが、そのときドイツにいたら、叫ぶように追い込まれるのではないかもしれないとまずは思う。しかし、この本を読むと、追い込まれるのではなく、自ら進んで叫ぶようになっていたかもしれないという恐ろしさを感じるのである。それはナチスのプロパガンダが、人間の敏感な部分にいつの間にか入り込み、生理的な反応を生起させ、いつの間にか人間を完全に支配してしまうからである。

 

制服、ハーケンクロイツ、巨大なイベント・・・・

では、彼らは何をしたのか。その全貌については全四巻のすべてを見ていく必要があるが、大衆扇動の方法については第三巻に詳しい。

ナチスがプロパガンダで利用したもの。まずは制服の魔力である。

ナチスの軍服は、たしかに魅力を持っている。軍服は、すべての魅力を持っているのだが、ナチスの軍装は、とりわけ吸引力を備えているよう思える。・・・(中略)・・・軍服の魅力は死への憧れ(恐れ)ではないか。ナチスの軍服が、各国の軍服のなかでももっとも魅力をもつ傑作であるとしたなら、より死の匂いをもつことによる傑作ではないか。

ナチスの制服、なかでも親衛隊(SS)の制服は、特別に死の匂いを漂わせる危険な魅力に満ちたものである。そして軍服は「規律の中に生きる」ことを示す。服従しないことは反逆の罪だ。その意味で大量虐殺は、人間が手を下した(のではあるが)のではなく、あの酷薄な軍服が手を貸したのだともいえる。

女性は、軍人に憧れることがある。厳密には、軍服に憧れる。かっこよさに魅かれ、死への匂いに魅かれるからでもあるが、彼らが生活保障されているからである。

ナチス下においては、多くの失業者が軍に入隊した。ある者はナチスに憧れ、制服によってモテることを目指した者もいた。そして多くは失業または貧しい状態からの脱出を目指した。軍の拡充によって国民は第一次大戦後の喪失状態から抜け出すことができたのである。見栄えを格段に良くし、実質的な生活水準を上げる。それは誰からも喜ばれる。

次には、ハーケンクロイツ(鉤十字)である。

ハーケンクロイツには官能をゆさぶるみだらなまでの魅力がある。

ヒトラーは、ハーケンクロイツを古代アーリア人種の記号だと主張したが、実際はあらゆる民族が古代から使用した太陽崇拝の象徴記号であった。さらには、サブリミナルには二人の人間の絡み合いを暗示したものであり、性能力を刺激する。赤と黒のコントラストに浮かび上がるハーケンクロイツによって、ナチスは国民の性的不安を吸い上げたと考えられる。

細長く巨大なハーケンクロイツの旗に覆いつくされた当時の街並みの写真を見ると、精神的に正気ではいられない。(ネットで検索してみてほしい)24時間365日、ハーケンクロイツに囲まれて生きると人はどうなってしまうのだろうか。まともな判断基準を持ち続けることは可能なのだろうか。私は自分に自信がもてない。

さらにナチスを特徴づけるもの。それは巨大なイベント、および行進の魔力である。「ニュルンベルグ 党大会」などと画像検索してもらうと、その巨大なイベントの写真を見ることができる。ここにおいて大群衆が号令のもと、一斉に動き、足を延ばして音を大きく鳴らせて行進する。夜の集会においては煌々とする照明燈のもとで神々しく輝く党首の演説を聞くのである。これらの集会に参加することで、人は大きなものと一体化し自我を喪失してしまう。

そして、マスコミの支配である。新聞は人民教化の一つの道具であり、新聞を国家および人民のサーヴィスとするため、国家は新聞を統制下においた。そして有害図書を決め、焼いた。20世紀の焚書坑儒である。都合よい人を都合よく英雄にし、極悪人役を政敵になすりつけた。そしてラジオでスローガンを流し続けた。

 

ヒトラーという最終兵器

最終兵器がヒトラーである。ナチスのプロパガンダを主導したゲッペルスは、ヒトラーを初めて見たときにこのように感じたと言う。

「この男は危険だ、彼は自分の言うことを信じ切っている。」

ヒトラーの力の秘密は狂信的な信念のあることだ。ゲッペルスは自分をなんら信じて疑わぬヒトラーの稀なる肉体構造と精神構造に心を奪われたのである。

ヒトラーには特別な目の力があったと言われる。数百万のドイツ女性が彼の催眠的な視線に魂を奪われた。巨大なイベントにあっても、参加者一人ひとりがその目で見つめられたように感じたという。一方で、ヒトラー自身は大衆をある意味で軽蔑していた。

宣伝効果のほとんどは、人びとの感情に訴えるべきであり、いわゆる知性に訴えかける部分は最小にしなければならない。われわれは大衆に対して、過度な知的要求をしてはならない。大衆の受容性は非常に限られており、彼らの知性は低い。しかし、忘れる能力は非常に大きい。これらの事実にもとづき、宣伝を効果的にするには、要点を絞り、大衆の最後の一人がスローガンの意味することを理解できるまで、そのスローガンを繰り返し続けることが必要である。(我が闘争)

ヒトラーは、人びとの感情に訴えかけるために、演説の際の身振り手振りまで細かく練習を繰り返していた。練習時の写真が本書(第三巻)に載っているが、どの写真を見ても歌舞伎の見得のような姿で躍動感があり美しい。

さて、本シリーズは、このようにナチスの宣伝(プロパガンダ)を掘り下げていく。第一巻はゲッペルスの日記をもとにその宣伝的性格と戦略をさぐる。第二巻はヒトラーの精神性とデザインへの執着が分析される。第三巻は大衆操作の方法。そして第四巻はナチスと文化の関係である。どれもとびきり面白い。いまなお、政治だけでなく各方面においてナチの宣伝手法の変奏曲が奏でられているのだから、このシリーズを正しく読めば学習になるだろうし、読み方を間違えれば危険な書ともなり得るだろう。

紙幅の関係もあり、ここでは詳しく記さないが、この本のもう一つの面白さは、タイトルにもある「絶対の宣伝」を理解することである。本来、政治集団には思想があり、その実現のためにプロパガンダを行う。しかしながら、ナチスはそうではなく、むしろ宣伝が先であり、その手段として政治があったのではないかというのが著者の見立てなのである。一見、荒唐無稽に思えるのだが、この本を読むと、それが普通のことのようにも思えてくる。そして、その荒唐無稽な思想がとんでもない力を持つ可能性が感じられるようになってくる。最終的には、現代社会においても、同様のことが起こりうると確信させられるのだ。ナチスがすごいから確信させられるのか、著者がすごいから確信されるのか。おそらく両方なのであろう。

 

※表紙画像 : photo by IISG


評者:秋山 進(あきやま・すすむ)


1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。

主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。

【関連リンク】
・プリンシプル・コンサルティング・グループ:https://www.principlegr.com/
・麹町アカデミア:http://k-academia.co.jp/

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