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渡辺利夫(1939~ / 経済学者・拓殖大学元総長・元学長 東京工業大学名誉教授)の「東日本大震災が露わにしたもの―共同体の再生と地域エゴの克服」からの名言 [今週の防災格言676]

time 2020/12/07

渡辺利夫(1939~ / 経済学者・拓殖大学元総長・元学長 東京工業大学名誉教授)の「東日本大震災が露わにしたもの―共同体の再生と地域エゴの克服」からの名言 [今週の防災格言676]

『 血の通い合う共同体なくして人間は人生をまっとうできない。個としての人間がいかに儚く頼りないものであっても、それぞれの個は共同体につながることによって生きる力を与えられるのであろう。 』

 

渡辺利夫(1939~ / 経済学者 拓殖大学総長(第18代)・学長 東京工業大学名誉教授)

 

格言は『東日本大震災が露わにしたもの――共同体の再生と地域エゴの克服』より。

(藤原書店編集部編『3.11と私――東日本大震災で考えたこと』(藤原書店 2012年)集録)

東日本大震災から一年。東日本大震災を受けて断続的に考えさせられたことを感じるまま述べたもの。

曰く―――。

東日本大震災以前、多くの日本人は、家族を中心とした血縁・地縁共同体に価値を求めず、自由な個として生きることを善しとする気分の中に漂っていた。むしろ血縁や地縁は自由な個として生きることを拘束するものだとさえ考えられていたのではないか。「個人の尊厳」といえば、大抵の無理が通ってしまうような空漠たる社会の中を私どもは生きてきたのではないか。

しかし、東日本大震災が私どもに露わにしたのは、少子高齢化に悩まされながらも逞しく息づく共同体の姿であった。あの悲劇に立ち向かったのは、共同体に寄り添い力を合わせて復旧・復興へと向かう血縁・地縁共同体の強靭な絆であった。惨劇に見舞われながらも、地を叩いて泣き叫ぶ者はいない。巨大な悲しみが静かに広がっているだけであった。

秩序と規律を乱すことなく、死せる者を深く哀悼しみずからを癒しながら立ち直っていく人々の姿に、屈することのない共同体の姿を私どもはありありとみることができた。血の通い合う共同体なくして人間は人生をまっとうできない。個としての人間がいかに儚く頼りないものであっても、それぞれの個は共同体につながることによって生きる力を与えられるのであろう。

しなやかな共同体に支えられて、国家もまた初めてしなやかな存在となる。少なくとも私はそのように想像力を掻き立てられた。あの惨事に際して自己犠牲を厭わず救援活動に打って出た自衛隊、警察、消防、海保の隊員達、医療従事者の行動の中に私どもが再発見したものは国家ではなかったか。決して政府ではない。首相官邸の司令塔機能は信じ難いほどに拙劣であった。政府の対応がいかに拙(つたな)くはあっても、むしろ拙ければ拙いほど、公の意識をもって献身する隊員達の行動の中に、人々は国家というものの存在を心に深く刻みつけたにちがいない。

国家とは、国民が安んじてそこに帰属し、主権を断固として守り、国民の生命と財産を守護することを運命づけられた大いなる共同体である。政府とは、国家を運営するために必要な機能体以上のものではない。災後に首相や担当大臣が発した言葉には嫌悪の情しか湧かなかったが、陛下が残されたビデオメッセージや被災地慰問のお姿に心を揺るがせた国民はきわめて多かったと想像される。国民は、国家と政府が異次元の存在であることを本能的に知っている。局限状況におかれていよいよ強く、そう知らしめられたのであろう。

日本人の精神の一番奥深いところにある共同体の精神と原理が消失していない以上、いずれ被災地は復興するにちがいない。長い平成不況の中を漂い、かといって食うには困るわけでもなく、ただ寡黙に沈殿してきた日本の国民に、国家と共同体の重要性を悟らせたものが東日本大震災であったとすれば、これは天罰ではなく天恵であったと受け止めねばならない。

陛下のお言葉には、私どもが求めねばならない共同体のありようが深々と表出されていた。東日本大震災が日本人に問いかけているものは、懐の深い共同体をもたずして人間が豊かな生をまっとうできない、そういう人間としての本質にかかわる問いではなかったかと思う。

 

渡辺利夫(わたなべ としお)氏は、1939(昭和14)年6月22日、山梨県甲府市生まれの経済学者。経済学博士。

山梨県立甲府第一高等学校、慶應義塾大学経済学部を経て、1970(昭和45)年、同大学院博士課程満期取得。その後、筑波大学教授、東京工業大学教授、拓殖大学教授を歴任し、2011(平成23)年に第18代拓殖大学総長・学長に就任。2015(平成27)年12月に総長を退任し、拓殖大学学事顧問に就任。2011(平成23)年に第27回正論大賞受賞。2016(平成28)年より「日本李登輝友の会」会長。2018(平成30)年に
一般社団法人・日米台関係研究所理事長。他に、公益財団法人山梨総合研究所理事長、国家基本問題研究所理事、公益財団法人オイスカ会長。
主な著書に『成長のアジア・停滞のアジア』(講談社学術文庫、吉野作造賞)、『開発経済学』(日本評論社、大平正芳記念賞)、『西太平洋の時代』(文藝春秋、アジア太平洋賞大賞)、『神経症の時代』(TBSブリタニカ、開高健賞正賞)、『私のなかのアジア』(中央公論社)、『種田山頭火の死生-ほろほろほろびゆく』『新 脱亜論』(ともに文春新書)、『士魂 福澤諭吉の真実』『死生観の時代』(ともに海竜社)、『台湾を築いた明治の日本人』(産経新聞出版)など多数。


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<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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