◆2000年以降の日本社会
不確実性を避けるために長期安定的な関係を望んだ日本企業や日本社会が、その機会費用の大きさから、その安定を捨て、外部に新たなパートナーを見つけようとした際に、大きな問題に直面した。それは、知らない相手を信頼できるかどうかについて判断する能力が十分に育っていないことだった。
様々な実験から下記のようなことが分かったという。
他人の行動をうまく予想できなかったのは、一般的信頼の低い低信頼者であると同時に他人と協力してやっていくことが重要だとは思っていない人たちでした。これに対して他人の行動をうまく予想できたのは、人間は一般に信頼できると思っている高信頼者であると同時に、他人と協力していくことが重要だと思っている人たちでした。
結局、他を信頼し、他と協力することが重要だと思っている人は他者を正しく判断する能力が増し、その結果、他と協力することが可能になる。反面、逆の人はいつまでたっても他と協力できないということになる。
そして、他者との間に新しい関係を築くことを当たり前にできるようにするために、(1) 社会一般を信頼できる社会に変えていくこと、(2) 信頼できる人を見抜く人間性検知能力をあげること、を今後の重要なポイントだと述べる。
そして、(1) 社会一般の信頼性向上については
社会的不確実性問題が情報の非対称性に由来しているとすれば、情報の透明性あるいは情報開示は、社会的不確実性問題解決の王道だといえます。
(2) 信頼できる人を見抜く人間性検知能力
一般的信頼と結びついている人間性検知能力は、他者の立場に身を置くこと、すなわち認知的共感ないし、役割取得の能力を中心としているように思われます。
として、信頼社会の構築を進めていく必要性を力説したのだった。
◆2020年現在の状況
最後に、著者の上記のような主張は、本書の出版後の20年でどのように実現されたかについて、まとめておきたい。
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1. 日本企業は系列を緩め、外国にも積極的に打って出た。著者の読み通り、世界的なサプライチェーンの構築(…製品の技術や設備等で判断可能)では多くの会社が成功したものの、会社の買収(…不確実性に満ち判断難)は失敗の嵐となった。とくに海外企業の買収の成功率は驚くほど低い(成功率はよくて3割と言われる)。技能の売買はできるが、会社という不確実なものを買う「企業性感知能力」は低かったことを露呈したのである。ただし、最近は成功例も増えてきている。幾多の失敗を経て、感知能力が上がってきた結果といえよう。
2. 人材市場はスポット化しつつあり、また技能を中心としたジョブ型的な取引に変わりつつある。(とはいっても、日本式の人材そのものを受け入れる形式の採用もいまだに根強い)
3. 社会の各種機関(政府や企業その他)の情報公開は各段に進んだ。とはいえ、いまだに外部に対して情報を隠すムラ社会的な行為も頻発している。
4. そして、いまだに狭い世界で閉じて生きる生き方は健在であり、そのようにしているほうが、会社社会においては、順調に出世したりする。
このような状況である。
日本社会はなんだかんだといいながら徐々に開かれた「信頼社会」に変わりつつあるという風にいえなくもないが、著者が描いた日本社会の原型である「安心社会」はいまだに根強く残っているともいえる。実のところ、私自身は著者の意見に賛成で、「日本人は集団性を持っているのではなく、日本社会に集団性をもとに生きることを要請するメカニズムがある」とずっと考えてきたのだが、本書から20年たってもいまだに粘り強さを見せる日本人の集団性(安心社会志向)については、「やはり日本人には集団性が根付いており、そう簡単には変えられない」という意見も一笑に付すわけにもいかないようにも感じている。
評者:秋山 進(あきやま・すすむ)
1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。
主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。
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