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中国北宋の詩人、蘇軾(蘇東坡)が『病中遊祖塔院』に遺した格言[今週の防災格言336]

time 2014/05/19

中国北宋の詩人、蘇軾(蘇東坡)が『病中遊祖塔院』に遺した格言[今週の防災格言336]


『 安心は是れ薬、更に方無し。(安心是薬更無方) 』

蘇軾(1037〜1101 / 北宋の文人 政治家・詩人・書家 唐宋八大家の一人)

口語訳『 安心こそ薬。その他に治療法はない 』。
格言は七言律詩『病中遊祖塔院』より。

蘇軾(そしょく 別名:蘇東坡(そとうば))は、北宋時代最高の詩人として名高い人物。名は軾、字は子瞻、東坡は号。三国志の古戦場を詠んだ詩『赤壁賦』作者としても知られる。北宋が衰退する原因となった新法派・旧法派の政治闘争に巻き込まれても、激しい正義感から、いずれの党派へも媚びず、常に批判的立場をとったことで「偉大な人物」と評される。その詩文は力強く、不屈の意志、深い人間愛に溢れるとして高い評価を受けている。

眉州(現四川省)眉山市生まれ。科挙を受け官僚(進士)となり、地方官を歴任した後に都(中央)に入ったが、王安石(おうあんせき / 1021〜1086 政治家・新法派リーダー 詩人・唐宋八大家の一人)の改革に異を唱え左遷された。その後も、詩文で政治批判したという理由で投獄され、再び黄州(湖北省黄州区)へ流された。第6代皇帝・神宗が死去し哲宗の代となると中央に復帰するが、司馬光(しばこう / 1019〜1086 政治家・旧法派リーダー 儒学者・歴史家)と対立し政治家として孤立、しばらくして、恵州(広東省)へと左遷され、遂には62歳の時には海南島(南シナ海北部の島)に追放された。時代は第8代皇帝・徽宗の即位を迎え、長く続く政治的混乱を収めようと新法党・旧法党双方の融和政策が行われると、蘇軾の罪はようやく許されることとなるが、都へと向かう道中に病となり66歳で死去した。

■「蘇軾(蘇東坡)」に関連する防災格言内の記事
天下のわざわいは、多くは隠れてりてにわかに至り〜(呂新吾『呻吟語』より)(2013.04.15 防災格言)
安きにありて危うきを思う(居安思危)備えあれば憂いなし(有備無患)(2008.11.10 防災格言)
易経 繋辞下伝「安くして危うきを忘れず(安而不忘危)」(2009.11.9 防災格言)
「人、遠慮なければ、必ず近憂あり(無遠慮、必有近憂)」(2009.1.12 防災格言)
苛政猛於虎也(苛政は虎より猛なり)(2005.4.13 編集長コラム)
安くして危きを忘れざるは、古の炯誡なり(安不忘危、古之炯誡也)(2011.09.05 防災格言)

 

<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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