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北畠親房が遺した時の災難にかかわる名言(南北朝時代の公卿で後醍醐天皇の重臣 『神皇正統記』著者)[今週の防災格言390]

time 2015/06/08

北畠親房が遺した時の災難にかかわる名言(南北朝時代の公卿で後醍醐天皇の重臣 『神皇正統記』著者)[今週の防災格言390]


『 人民の安からぬ事は時の災難なれば、神も力及ばせ給はぬにや。 』

北畠親房(1293〜1354 / 南北朝時代の公卿 『神皇正統記』著者)

格言は『神皇正統記(1343年)』下(後鳥羽天皇の項)より。

平安末期。源義仲(木曾義仲)が、倶利伽羅峠の戦いで4万の平維盛軍を破り大勝。平氏は都落ちし西走する。平家にかわって入京を果たした義仲は、寿永2(1184)年、軍事クーデターにより後白河法皇と後鳥羽天皇を幽閉し、政権を掌握したが、間もなく、源頼朝の命により源義経・範頼軍に攻められ近江粟津で敗死する。そして、翌年の壇ノ浦の戦いで、栄華を誇った平家も滅亡に至る。

曰く―――《 天命きはまりぬれば、巨猾もほろびやすし。人民のやすからぬことは時の災難なれば、神も力およばせ給はぬにや。かくて平氏滅亡してしかば、天下もとのごとく君の御まゝなるべきかとおぼえしに、頼朝勲功まことにためしなかりければ、みづからも権をほしきまゝにす。 》

日本は神国であるとした北畠親房は、天皇が皇祖神の意志を体現し、正しい政治を行ったとき国は治まる、と考えた。しかし、政治が正しいのに国が乱れることもある。これを「時の災難」と呼びその判断を回避した。

鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿・北畠親房(きたばたけ ちかふさ)は、後村上天皇(在位:1339〜1368年)のため吉野朝廷(南朝)の正統性を述べた歴史書『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』を著した人物として知られる。村上源氏北畠家(奈良県五條市賀名)の生れで生後間もなく叙爵。父は右衛門督・北畠師重、母は藤原隆重の女。8歳で元服、父の出家に伴い15歳で家督を継いで公卿となり、18歳で権中納言、27歳で中納言、32歳で大納言となった。南朝初代天皇・後醍醐天皇(在位1318〜1339年)の代に吉田定房や万里小路宣房らとともに「後の三房」と呼ばれる厚い信任を得て順調に出世、皇子世良親王の乳人や内教坊(ないきょうぼう)別当などに任じられ源氏長者(源氏のなかで最も官位が高い者)となる。元徳2(1330)年、38歳の時に世良親王が急死し、出家して政界を一時引退。鎌倉幕府討幕後の建武の新政で政界に復帰。建武2年(1335年)、新政府のあり方を巡り後醍醐天皇らと足利尊氏らが対立すると醍醐天皇の南朝(吉野)に従い北朝に対抗した。長子の顕家とともに皇子・義良親王を奉じ、奥州、吉野や伊勢で活躍するが、建武5(1338)年の京都攻めで顕家が戦死。翌年天皇崩御し、親王は後村上天皇として即位、親房は、小田城(現茨城県つくば市)で南朝のための東国工作に奔走していたこの時期『神皇正統記』を完成させたという。その後、正平3年(1348 / 貞和4)年に楠木正行(楠木正成嫡男)が戦死、吉野宮炎上により後村上天皇と親房らは賀名生へと移り、親房はその地で正平9(1354 / 文和3)年に62歳で没した。親房を失った南朝は、その後、北朝との和睦へと傾いて行き、皇室は元中9(1392 / 明徳3)年に合一し南北朝時代は終焉を迎えることとなる。

■「北畠親房」に関連する防災格言内の主な記事
北畠親房「少しの事も心に許す所あれば、大きに誤る本となる」(『神皇正統記』より)(2014.04.14 防災格言)
鴨長明「人のいとなみ、皆愚なる中に、さしも危うき京中の家を造るとて、宝を費やし、心を悩ますことは、すぐれてあぢきなくぞ侍る」(2012.05.28 防災格言)
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兼好法師『徒然草』「よろづの事は頼むべからず。愚かなる人は、深く物を頼むゆゑに、恨み怒ることあり」(2010.01.04 防災格言)
吉田兼好『徒然草』「世に語り伝ふる事、まことはあいなきにや、多くは皆、空言そらごとなり」(2012.06.04 防災格言)
北畠親房「人民の安からぬ事は時の災難なれば、神も力及ばせ給はぬにや」(『神皇正統記』より)(2015.06.08 防災格言)
源為憲「もろもろの物の中に捨てがたきはおのが身より過ぎたるはなし。」(『三宝絵詞』より)(2018.03.05 防災格言)
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「する事かたきにあらず、よくする事のかたきなり。」(『十訓抄』より)(2018.07.02 防災格言)
慈円 (鎌倉時代の天台宗僧侶)(2014.03.17 防災格言)
無住(鎌倉時代の臨済宗僧侶)(2014.08.25 防災格言)
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藤原敦光「安くして危きを忘れざるは、古の炯誡なり」(2011.09.05 防災格言)
「眠たいは大事のことぞ」(『平家物語』より)(2013.01.16 店長コラム)

 

<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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