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油断!は、過去の話か、現在の話か。有事に必要な自助の精神。|堺屋太一『 油断! 』(1975年)【リスクの本棚(連載第9回)】

time 2021/04/23

油断!は、過去の話か、現在の話か。有事に必要な自助の精神。|堺屋太一『 油断! 』(1975年)【リスクの本棚(連載第9回)】

私たちの住む“島国”日本は、石油と天然ガスの多くをサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール、クウェート、イラン、イラクなどの輸出余力のある中東諸国からの輸入に依存しています。つまり、日本へ輸出される石油の8割、天然ガスの2割は、中東・ホルムズ海峡を通って日本に入ってきています。もし中東が有事となったら…。秋山進氏のシリーズ連載「リスクの本棚」の第9回は、元通産相官僚出身のエコノミスト作家・故堺屋太一氏の近未来予測シナリオ小説『油断!』を取り上げていただきました。


連載・リスクの本棚~リスクに関わる名著とともに考える~vol.9

堺屋太一『 油断! 』(1975年)

評者:秋山進(プリンシプル・コンサルティング・グループ代表)

 

■ 油断!は、過去の話か、現在の話か。有事に必要な自助の精神

1970年ごろのことである。通商産業省(現 経済産業省)は有事の備えとして石油の備蓄を増やそうとしていた。中東で紛争が発生すると、世界でもっとも困るのは日本であることは明らかだったからだ。日本はこのとき全エネルギー源のうち75%を石油に頼り、そのうち99.7%が輸入で、さらにはその8割以上が中東からだった。しかしながら、学者やマスコミは新油田の発見と代替エネルギーなどの登場をもってバラ色の未来を語っていた。ある新聞は、公害問題の観点から、原油流出の可能性がある備蓄タンク建設の反対運動の喚起にやっきになっていた。そのようなことから、有事にそなえた石油の備蓄タンクの建設は完全に止まったままであった。

油断! (文春文庫 193-1) Kindle版 堺屋 太一 (著)
油断!(文春文庫 193-1)

エネルギー問題を所管する通産省は、本来であれば、中東有事のインパクトをシミュレーションし、その結果をもってなんらかの対応策をうつ必要性を社会に公表すべきであった。しかしながら、それはできないという。そのような調査をしていること自体が、世間を動揺させ、悪くすれば外交問題を引き起こす、というのである。さらに困ったことに日本政府は、中東を巡る地政学的問題や通商問題に対して有益な情報を獲得するルートをもっておらず、情勢変化の兆候さえ見つけられないのである。

そのような状況を知ったある民間企業の社長が1億円を拠出し、通産官僚も関与した形で極秘に調査が行われることになった。京都大学の新進気鋭の経済学者をはじめとする各界の専門家が集い、最新のコンピュータと最新の手法による分析を行うのである。それは1年にもわたる膨大な調査研究であったが、その結果は驚くべきものであった。もし何らかの事情で石油の輸入が3割減少したとすると、100日目で1000人の死者、200日で300万人の死者が出る。そして全国民財産の7割が減少するというのである。これは太平洋戦争で日本が被った損害と同じである。

ここまでは、あくまでシミュレーションであった。しかし、中東で紛争が本当に起こってしまったのだ。具体的にはイスラエル対エジプト、シリアの対立が激化し、石油のパイプラインをはじめ各所が爆撃された。そして反撃が反撃を呼び、中東は完全に戦火に巻き込まれてしまったのである。

何の準備もなかった日本政府は何をしてよいかわからない。過去の中東危機を例にとって、短期で終息するという根拠なき見通しを発表しただけである。一方、欧州は為替相場をすぐに取引停止にした。世界が動揺し、東京証券取引所の株価も急落した。世間では、オイルショックと同様の食料品の買いだめが過熱し、スーパーの店頭から一気に商品がなくなった。政府は、買い占め、売り惜しみを断固として抑えていくとし、人びとのあせる気持ちを静めようとしていたが、言っただけである。中東紛争は続き、経済情勢はいっこうに改善しなかった。だんだん石油の不足が現実のものとなってきたため、政府は石油消費の10%削減を打ち出した。(欧州はすぐに15%~20%の削減を行っていたが)。最初から最悪に備えて大きなショックを与えた方が良いのだが、漸進的な対応しかしようとしないのは政府の常である。一方、石油を自給できるソ連、アメリカは余裕の姿を見せる。

そうこうしているうちに、日本および世界の石油の輸入国にとっての最悪の事態が発生した。ホルムズ海峡をはさむオマーン側がロケット攻撃を受け、船舶の航行が封鎖されてしまったのである。中東の石油はそのほぼすべてが、イランとオマーンの飛び地に挟まれたホルムズ海峡を通過する。海峡の幅は50キロほどあるのだが、海底の地形から大型タンカーはオマーン寄りの4キロくらいの幅のところしか走行できない。その近辺が危険にさらされることになり、石油が日本に届くルートが途絶えてしまった。

タンカーが中東から日本につくまで最低50日かかる。ホルムズ海峡が閉鎖される前にすでに中東を離れていたタンカーが日本に五月雨式に到着するので、備蓄分65日とあわせて、しばらくの間(100日超程度)は油が断たれることはない。しかし、すでに中東を出発するタンカーはなくなっているのである。早晩、日本のエネルギーが枯渇するのは明らかであった。

このとき、日本の警察、消防には石油の備蓄はなかった。少ない石油を戦略的に傾斜配分して割り当てようとすると、皆が大騒ぎして話がまとまらない。物価は高騰し、エネルギー不足から物を作れない会社が続出した。経営的に追い詰められた企業に対して、緊急融資枠が設定されたが、非常時にもかかわらず、細かい手続をしっかりと守る政府系金融機関や自治体の職員によって、融資はまったく進まない。通産省が極秘に計画した石油の30%削減案がマスコミにすっぱ抜かれると社会はパニックになった。抗議のデモと陳情の人波で霞が関は揺れた。

冬を迎えた北海道では、灯油がなくなり凍死者が出た。石油よりも先にガスが枯渇しはじめ、供給の時間を制限した。今度はそれが契機になり、日本中で6000件以上の火事が発生して、その結果、2万人以上もの人が死亡してしまった。大きな停電が頻発するなか、電圧の異常低下から銀行のシステムがダウンし、その波及効果で、銀行の決裁システム全体が機能しないことが予測された。そしてモラトリアムが宣言された。銀行の決裁機能の停止である。物不足は過熱し、大阪や東京で大暴動が発生する。大混乱の中、政府は内閣総辞職を発表したのであった。

最終的に、ホルムズ海峡は198日目に封鎖が解除された。しかし、日本の被る被害はまだまだ続いた。食糧難とエネルギー難は簡単にはおさまらず、さらには、農業がおしなべて大凶作になった。石油がないとコメも取れないのである。産業組織も崩壊した。このことによる最終的な被害は測定できないほど大きなものであった。シミュレーションの示した結果はおおむね正しかったのである。

このような非常時においては、平時の能吏には何の価値もなかった。生命力のある者は、どこかから食料を調達し、たくましく生きていく。さらには、調査資金を拠出した社長は、調査の結果をもとに、秘密裡に海外に石油の備蓄を行い、高騰した後に石油を日本に持ち込み莫大な富を得ていた。通産省の職員である主人公は、この行動を非難する。これに対して、社長はこのように言い放つ。

つまり、あんたらは、私どものしたことで日本と日本人がようなったか、悪なったかということを考えんと、それで私どもが儲けたかどうかだけを考えて、感情的になっておられる。それが問題や。一緒に苦しみ一緒に飢え、そして一緒に死んでくれる人は許せても、一人だけ安楽と栄華を極める奴には腹が立つ、そういう嫉妬心こそ、この日本をいまの窮地に陥れた元凶なんや。それが世の中を暗くし、硬直させ、盲目的な暴動に追いやるんですわ。本当の世の中の進歩と安全をもたらす人間は、ともに涙を流す無能な聖者と違ごて、勇気と先見とで人の動きと世の流れを抜きんでる者なんです。お互い頼り合うてふわふわ生きる追随心やのうて自らの決断と責任に賭ける自助の精神だす。私は、先刻もいうたように、こんどの仕事で儲けたかどうかまだわかりません。そやけどとにかくこれに自分の決断と責任で賭けましたんや。自分の儲けにもなるし、日本のためにもなると思うたからですわ。私の祖先もみな、そないして生きて来たんでっさかいに、私も一生に一回、そういう賭をしたかった。いや、せなならん、とさえ思いました。あんたらが来やはった、あの一年前の夜に・・

官僚による統制ではなく、商人のリスクテイクにこそ、社会の発展の基礎があると考えた著者の主張が社長のコメントに代弁されている。

さて、油断!は、著者によると、世界最初の予測小説と言うことになる。いまでいうならシミュレーション小説である。ただし、文庫化(2005年)にあたって著者は、日本の石油備蓄が150日に増えていること、エネルギー源の多様化に成功し、石油への依存度が低下していることから、たとえ200日の油断が起こっても、日本は比較的冷静に対応できるだろうと述べている。

しかしながら、時は流れた。東日本大震災によって、エネルギー事情は大きく変わっている。2018年現在、日本のエネルギーの海外依存度は88%、うち化石燃焼依存が85.5%で石油依存度が37.6%である。さらには、石油の輸入先は92%が中東からである。LNG、石炭などを非中東地域から輸入することで、油断!当時ほどの中東依存ではないが、それでも状況はかなり先祖帰りしているのだ。さらには、世界の情勢はますます不安定になってきている。中東も予断を許さない状況が続いており、さらには、南シナ海や台湾近辺でもなんらかの紛争が起こりうる状況にある。さらに悪いことに、これらが同時期に起こる可能性すら否定できない。

ホルムズ海峡にマラッカ海峡。これらが封鎖されるようなことが起これば、200日分の石油備蓄(2018年)はあっても、すぐに石油は枯渇し、輸入食糧も途絶え、油断!で予測された以上のことが起こってしまう可能性がある。では、どうすればよいのか。このようなときに必要なのは、自分の力で情報を集め、考え、賭ける、先述の社長のような、「自助」の精神と「備え」と「豪胆な行動力」であろう。これを良しと見るか、悪しと見るか。独善的と見るか、先進的とみるかは人によって意見が分かれるかもしれない。ただ、社長ほどのリスクテイクはせずとも、なんらか準備はしておいたほうがよい状況になってきていることは間違いないと言えるだろう。

 


評者:秋山 進(あきやま・すすむ)


1963年、奈良県生まれ。京都大学経済学部卒。リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、経営・組織コンサルタントとして、各種業界のトップ企業など様々な団体のCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、経営リスク診断をベースに、組織設計、事業継続計画、コンプライアンス、サーベイ開発、エグゼクティブコーチング、人材育成などを提供するプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。国際大学GLOCOM客員研究員。麹町アカデミア学頭。

主な著書に『「一体感」が会社を潰す』(PHP研究所)、『それでも不祥事は起こる』『転職後、最初の1年にやるべきこと』(日本能率協会マネジメントセンター)、『社長!それは「法律」問題です』(日本経済新聞出版)などがある。

【関連リンク】
・プリンシプル・コンサルティング・グループ:https://www.principlegr.com/
・麹町アカデミア:http://k-academia.co.jp/

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