映像をベースにしているだけに、すべての記述と行間にリアリティが感じられる優れた書である。
2008年1月に放送されたNHKスペシャルを下敷きに、取材記録を加えて新たに書き起こされた本である。当時はあまり知られていなかったパンデミックの脅威を世に知らしめた番組だけあって、周到な取材がなされており、記述もわかり易く丁寧でかつ面白い。
NHKスペシャル 最強ウイルス 新型インフルエンザの恐怖 おススメ度:★★★★☆ |
2006年にインドネシアで起こった集団感染についての章では、現地スタッフやWHO職員、WHO本部などの動きが臨場感をもって伝わってくる。また、実際にパンデミックが発生したときに、限られた医薬や医療機器を誰に対して使用するかという優先順位付けの難しさには、わがことのように悩まされる。
ニューヨーク州で試行錯誤を重ねているこれらの優先順位の設定だが、まだ何もなされていない(だろう)日本でパンデミックが発生したならば、人間の命に順番をつけるという難しい仕事を現場の医師の裁量にまかせてしまうことになってしまう。これはあまりにも酷な話だ。
人を助けるための献身的な行為が人から恨まれる行為となってしまう可能性がある。一定以上の確率で起こる可能性のある事象である以上、平時の今、国民的な議論を重ねながら、優先順位を事前に決めておかなくてはならない。
また、H5N1の脅威についてもパンデミックをいつ起こしてもおかしくないという専門家もいれば、起こりにくいという専門家、中間的な専門家などいろいろな意見を広く紹介していてバランスも取れている。このあたりも、ただ脅威をあおる類書とも異なっている。映像をベースにしているだけに、すべての記述と行間にリアリティが感じられる優れた書である。すでにTV番組のほうもDVDとして発売されているようだから、合わせて見ることをお勧めする。