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「自助論」に紹介されたジョン・コプリー卿(大英帝国の大法官(英国首相)・初代リンドハースト男爵)の格言より[今週の防災格言541]

time 2018/05/07

「自助論」に紹介されたジョン・コプリー卿(大英帝国の大法官(英国首相)・初代リンドハースト男爵)の格言より[今週の防災格言541]


『 困難は乗り越えるためにある。 』

“A difficulty is a thing to be overcome.”

ジョン・コプリー(1772~1863 / 英国の弁護士 初代リンドハースト男爵)

―――だから、ただちに困難と取り組め。実践しているうちに、それを克服するうまい方法も見つかるはずだ。

格言はスマイルズ(1812~1904)の著書『自助論(Self-Help)』(竹内均翻訳(知的生きかた文庫 2002年))から。

ジョン・コプリー卿・初代リンドハースト男爵(John Copley, 1st Baron Lyndhurst)は、大英帝国の弁護士で、枢密顧問官(PC)などを経て、大法官(英国首相)を3度(1827~30年、1834~35年、1841~46年)つとめた人物。

1772年5月21日、米マサチューセッツ州ボストンに生まれる。父親は独立戦争前のアメリカ出身の肖像画家ジョン・シングルトン・コプリー(1738~1815 / John Singleton Copley)で、独立戦争前の混乱の中で単身イギリスへと渡った父から呼ばれる形で、1775年に母と2人の姉妹とともに英国へと移住した。
プライベート・スクールを経て、1790年にトリニティ・カレッジ(ケンブリッジ大学)に学び、1795年に学士号、1796年に修士号を取得、その後法律の研究に専念した。1804年にリンカーン法曹院の指導で弁護士としてエセックス裁判所に働き、1813年に英国最高位の法廷弁護士に任命される。
1816年に最高裁判事に就任し、1820年の英国王ジョージ4世とキャロライン女王との離婚裁判で活躍した。数々の裁判での活躍からトーリー党のカスルリー子爵(第2代ロンドンデリー侯爵ロバート・ステュアート)ら有力者から注目されることとなり、ワイト島ヤーマス庶民議会議員を皮切りに政治家の道に進み、1824年に司法長官、1826年にマスターオブロールズ(The Master of the Rolls)を経て、1827年には大法官(首相)に任命され、第1次ウェリントン公爵内閣が議会改革問題で総辞職するまで与党で活躍、1831年から1834年までは大蔵大臣(Lord Chief Baron of the Exchequer)として、その後もウィリアム4世の治世のホイッグ党による多くの改革法案に対しては反対派の主要人物として大いに活躍した。
1837年にはスコットランドのマリシャル・カレッジ(現アバディーン大学)学長などを歴任した。
政治家として亡くなるまで精力的に活動し、クリミア戦争(1953~56年)ではリンドハースト卿の庶民院での戦争訴追の演説はヨーロッパ諸国でセンセーションを巻き起こし、1859年には同盟国だったナポレオン3世を非難。89歳のときに行った貴族院での演説が最後のものになった。1863年10月12日、ロンドンで死去。91歳。リンドハースト卿には息子がいなかったため家は断絶した。
John Copley, 1st Baron Lyndhurst
■「自助論」に関連する防災格言内の記事
サミュエル・スマイルズ(イギリスの作家 「自助論」著者)(2010.09.13 防災格言)
ルートビッヒ・ヴァン・ベートーベン (ドイツの大作曲家)(2013.09.09 防災格言)
リンドハースト卿(英国の法律家 初代リンドハースト男爵)(2018.05.07 防災格言)
ベンジャミン・ディズレーリ(イギリス首相)(2010.05.17 防災格言)
竹内均[1] (物理学者)(2010.09.06 防災格言)
竹内均[2] (物理学者)(2016.04.04 防災格言)
福沢諭吉 (慶應義塾創設者)(2010.09.20 防災格言)

 

<防災格言編集主幹 平井 拝>

 

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