『 地震のときは、左程とも思わず、
帰途、路傍に算を乱した潰家や
将棋倒しになった商店をみて、
初めて大地震と知った 』
岸上克己(1873〜1962 / 社会運動家・新聞記者 埼玉県浦和町名誉助役)
格言は、著書『香摘文抄(1940年)』より。
埼玉県会議員選挙の準備に忙殺されているさなか、関東大震災(1923年9月1日)が発生した。原文では―――
《 前日候補者成田昌平君が、地盤割の事で田中君(※田中千代松 / 衆議院議員・立憲民政党)と衝突し、引退を表明して帰家したのでそれを引張り出すために自動車で大和田町に赴き、町役場で渡辺町長と会見中に(地震に)出合ったのだが、その時は左程とも思わず、続いて成田君と共に大畑理右衛門君や飯倉晋五郎君を訪問して帰って来たのだったが、宗岡村(※現志木市)で路傍に算を乱した潰家を見、県庁下で将棋倒しになった商店を見て、初めて大地震と知り、武蔵会館に帰れば土蔵が崩れたといって鈴木君(※鈴木治三郎)の宅から迎いの者が来ていた。 》
―――とあり、結局、県会議員選挙は翌年まで延期となった。
埼玉県内では家屋全壊5,766棟、半壊4,203棟、212人が亡くなり、399人が重軽傷を負った、と著者の覚書にあるが、「内務省叙説」のデータでは、埼玉県の死者280人、行方不明者36人で、別の記録「大正震災誌」では、死者217人、住家全壊4,713棟、とある。いずれにせよ、県内で200人以上が亡くなる大災害だった。
埼玉県内の被害の特徴は、川口町や芝村(川口市)や六辻村(浦和市=現さいたま市)を中心とした北足立郡南部、粕壁町(春日部市)を中心とした南埼玉郡南部、幸手町(幸手市)を中心とした北葛飾郡中部で大きな被害となった一方で、地理的に台地が多い大和田町や朝霞市では住家被害もほとんどなく死傷者も皆無だったという。
このように地震は、沖積地といった地盤のやわらかい場所ではよく揺れ、台地のようなしっかりした場所は揺れにくいとされる。
岸上は、地震発生時に被害のなかった大和田町にいたので「左程」とは揺れを感じず、大和田町から浦和へと自動車で南下して帰る道すがらで倒壊した建物を見つけて《 初めて大地震だったと知った 》という。
日本全国の土地の揺れやすさの指標「地盤増幅率」はネットにある様々なサイトから無料で調べることができるので、自宅等をチェックすることをお勧めする。
地震ハザードカルテ(住所を入力し[診断]ボタンでチェックできる)
⇒ http://www.j-shis.bosai.go.jp/labs/karte/
朝日新聞デジタル>揺れやすい地盤([住所検索]で候補を選択)
⇒ http://www.asahi.com/special/saigai_jiban/
パナソニック>地盤増幅率提供サイト
⇒ http://www2.panasonic.biz/es/densetsu/ha/mansion_ha/earthquake/jiban/index.php
※地盤チェックできるサイトは他にもいろいろあります。
岸上克己(きしがみ かつみ / 筆名は岸上香摘)は、明治・大正・昭和にかけて労働運動、社会運動、新聞記者として活躍した社会運動の先駆者として知られる人物。
明治6(1873)年11月28日、宇都宮藩士・岸上(きしのうえ)家の四男として宇都宮一条町(栃木県宇都宮市)に生まれる。兄に漢学者・岸上質軒(しっけん 本名:操 / 1860〜1907)がいる。
6歳にして西小学校に上がり、毎年県から表彰されるほど成績優秀であったが、10歳で極度の吃音となり、それを学校の教諭にからかわれて以来登校拒否児童となり、12歳で故郷をでて独学で学んだという。
明治30(1897)年頃に労働運動に傾倒、活版工同志懇話会の創立にかかわり、活版工組合を組織した。明治33(1900)年、片山潜(1859〜1933)の「労働世界」にて文筆業に身を投じ、幸徳秋水(1871〜1911)、木下尚江(1869〜1937)、堺利彦(1871〜1933)、安部磯雄(1865〜1949)ら社会主義者らと交友。かといって本人は社会主義者でもなく、マルクス主義でも無政府主義でもなかったという。
後に埼玉県会議員の仲間からは
《 社会主義者の同志からは新聞記者らしからざる新聞記者として好愛され、党からは党員ならざる党員幹部員ならざる幹部員として待遇され、各種の運動に参画する珍しい存在であった 》
と評されている。
明治35(1902)年、普選運動にかかわり、普通選挙の実現のために新聞記者となることを志し、明治36(1903)年、幸徳秋水、横山源之助(1871〜1915)の紹介で毎日新聞社に入社。社会問題や労働問題の担当記者となった。そのかたわら「平民新聞」「光」「新紀元」などへ寄稿、また、角田竹冷らの俳句雑誌「木太刀(きだち)」に詩句も投稿している。
明治39(1906)年に埼玉県北足立郡浦和町(後の浦和市岸町)に移り住み、新聞記者として「埼玉毎日新聞」「埼玉日日新聞」「武蔵新聞」などの主筆をつとめ、40以上の新聞雑誌に関係するなど、以降は埼玉県下のジャーナリズム界の重鎮として活躍した。
大正12(1923)年の関東大震災を経て、大正14(1925)年から浦和町会議員、翌15(1926)年には浦和名誉助役に就任し、埼玉県民政派の参謀として政論活動を行い、埼玉県政では商業学校、職業紹介所、塵芥(ゴミ)燃却場、公営住宅などの新設に尽力。戦後も浦和市選挙管理委員などを歴任した。
昭和15(1940)年、67歳で《 言論の自由なき操觚界、闘志を失った政党に小生の存在は無意義と心得たるが故 》として政界と文壇から引退して隠棲し、昭和37(1962)年6月21日死去。88歳。
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