度重なる自然災害を通して新たな社会問題としてクローズアップされつつある災害関連死。その原因と対策について掘り下げるシリーズ『災害関連死を考える』の第一弾は、「エコノミークラス症候群」を取り上げます。
1995年の阪神大震災以降、度重なる災害を通して大きな問題として認識されつつあるものが避難所生活などで頻発している「災害関連死」です。災害関連死とはその名が示す通り地震などの災害によって起きる直接的な死ではなく、避難途中や避難後に発生した死で災害との因果関係が認められるもの。我が国の災害の歴史において大きなターニングポイントとなった2011年の東日本大震災では3,676人(※2018年3月末時点)もの人が災害関連死によって命を落とすなど看過できない社会問題となっています。
「エコノミークラス症候群」のはじまり
誰もが一度は耳にしたことがあるであろう「エコノミークラス症候群」。この一風変わった病名が一躍知れ渡ったのは2004年に発生した新潟県中越地震がきっかけです。最大10万人もの人々が避難生活を余儀なくされ、避難所に入れなかった人々がやむなく車中泊を選択。その結果、少なくとも 11 人がエコノミークラス症候群を発症し、4人が命を落としたことで広く報道されました。またその後、2016年の熊本地震では、51人もの人がを発症し1人が死亡。ここにいたってエコノミークラス症候群は避難生活をともなう自然災害に必ずつきまとう後難として広くその名前が知られるようなりました。
また、2002年にはサッカー日本代表として海外遠征のため飛行機に搭乗していた高原直泰選手が突如この病気に罹患したことでも話題となりました。
発生のメカニズムは「脚」と「肺」の2症状に
さて、このように震災などをきっかけに多くの人がその名前を知るにいたった「エコノミークラス症候群」ですが、正しくは(医学的には)「静脈血栓塞栓症」と呼ばれる病気です。その発症のメカニズムは、「深部静脈血栓」と「肺血栓塞栓症」という2つの症状の組み合わせによるものです。
①深部静脈血栓
深部静脈血栓とは、血の流れが悪くなることで血液の流れが悪化し、血管の中に血のかたまりが作られてしまうもの。痛みや腫れといった症状が起きます。
②肺血栓塞栓症
①の深部静脈血栓でつくられてしまった血のかたまり(血栓)がはがれ、肺の血管につまるもの。息苦しさや胸の痛みなどを引き起こします。
エコノミークラス症候群はこれら2つの症状が組み合わさった結果、最悪の場合死に至ることもある恐ろしい病気です。
災害時におけるエコノミークラス症候群
ところで、長時間のフライトによる発症が多いエコノミークラス症候群ですが、先に述べたように最近では被災時における「車中泊」による発症の報道で頻繁に耳にするようになりました。
なぜ「車中泊」で「エコノミークラス症候群」になってしまったのでしょうか。それを知る手がかりはフライトと車中泊の非常に似通ったシチュエーションにあります。
前述の通り、エコノミークラス症候群は、「長時間、同じ体勢を取り続けることにより脚部の静脈に血のかたまり(血栓)が発生」することにあります。つまり、自動車内という狭い空間で、縮こまって就寝せざるを得ない車中泊はまさしくエコノミークラスの状況と似通っているのです。
加えて、エコノミークラス症候群は水分不足も原因のひとつとされています。言うまでもなく避難時の車中泊では、トイレの回数を減らすために水分を採らないケースが多く、このこともエコノミークラス症候群の発症率を加速させる原因のひとつとなっています。
エコノミークラス症候群を防ぐには?
エコノミークラス症候群を防ぐには、原因である「深部静脈血栓」と「肺血栓塞栓症」の発症を防ぐことが大切です。
そこでお勧めしたいのが、「弾性ストッキング」。エコノミークラス症候群の原因は脚部の静脈の血流が滞り、血栓ができてしまうこと。したがって、この血栓の発生を抑えられれば発症リスクを大きく下げられます。
弾性ストッキングとは締め付けの強い靴下で、着用すること停滞しがちな脚部の血流を促してくれます。実際にこの弾性ストッキングは西日本豪雨災害や北海道地震の被災地でも配布され、予防に寄与しているという報道もあります。
またこの他にも厚生労働省では、エコノミークラス症候群の予防のために次の6つの対策を掲げています。どれも簡単にできることなので、ぜひ覚えておきましょう。
6つのエコノミークラス症候群対策
①ときどき、軽い体操やストレッチ運動を行う
②十分にこまめに水分を取る
③アルコールを控える。できれば禁煙する
④ゆったりとした服装をし、ベルトをきつく締めない
⑤かかとの上げ下ろし運動をしたりふくらはぎを軽くもんだりする
⑥眠るときは足をあげる+
言葉の印象に惑われずに正しい認識を
ここまでエコノミークラス症候群について紹介しました。
エコノミークラス症候群という病名にはどこか災害関連死とは関係のない病名、というニュアンスを感じますが、実際に調べてみると災害避難時こそ最も発症しやすい病気だと言えます。
このような誤解にともなう認知不足を考慮してか日本旅行医学会では、エコノミークラス症候群に対して「ロングフライト血栓症」という新たな呼称をつけることにより、警鐘を鳴らしています。なお余談ですが、高原選手が当時登場していた席もエコノミークラスではなくビジネスクラスだったとのこと。
正しい知識を身に着けて、いざという時に適切な対策がとれるよう準備をしておきたいものです。
■【シリーズ・災害関連死を考える】
震災と孤独死(孤立死)を考える~大震災がもたらす孤独な最期~
■出典・参照
NHK解説委員室 災害後のエコノミークラス症候群を防ぐために
国立循環器病研究センター 急性肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)の話
日経ビジネス ON LINE 被災者を襲うエコノミークラス症候群の防ぎ方