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小倉昌男（1924〜2005 / 実業家・ヤマト運輸会長）が随筆「青春」に記した名言 [今週の防災格言427]

time 2016/02/22

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小倉昌男（1924〜2005 / 実業家・ヤマト運輸会長）が随筆「青春」に記した名言 [今週の防災格言427]

『人間の欲望の中で、食欲が一番強いことを、痛いほど思い知らされた』

小倉昌男（1924〜2005 / 実業家・ヤマト運輸会長ヤマト福祉財団理事長）

格言は随筆「青春」（初出、財界人同人誌「ほおづえ（1995年4月・4号）」）より。

曰く――――。

終戦の前年、私は特別幹部候補生として、久留米の予備士官学校に入校した。当時の若者のたどる当然の道として、抵抗もなく軍隊に入ったのだが、食糧難は軍隊にも及んでいて、腹の減るのには参ってしまった。

軍隊といっても、学校だから下士官も古年兵も居らず、学生気分そのままののんびりした雰囲気で、自由時間の話題はもっぱら食べ物のことばかりだった。中村屋のカレーや、若松の餡蜜の美味かったことなど、毎日飽きもせず同じ話を繰り返していた。若者らしい猥談はおろか、女の話など一切出なかった。夢精など一度もしたことはなかった。人間の欲望の中で、食欲が一番強いことを、痛いほど思い知らされたのであった。

演習場は畑の中にあったが、畑の回りの野茨の小さな実が甘く、それを食べるのが演習の楽しみだった。匍匐前進のときは畑の中に入り込み、植わっている野菜を千切って食べたものである。一番甘かったのはほうれん草で、大根もとても美味しかった。

やがて半年近くなると、精神的な飢餓状態は段々酷くなり、人の物を盗んだり、夜中に脱走する者も出てきて、中隊の中の雰囲気は、暗い殺気だったものになってきた。兵営とはいえ、内地にあってそんな極限状態でもないのに、食べ物に執心するあまり、倫理も道義も省みない人間の心の浅ましさ、醜さを、嫌というほど見せられたのであった。だが、自分とても、同じような心を持っていることを思うと、自己嫌悪に陥るのであった。

そして終戦。学校に戻れるのは嬉しかったが、欲望に負ける人間の心の弱さ、醜さの記憶を持って帰るのは、辛いことであった。
大学に戻った私は、庭球部の後輩の指導に汗を流した。そして部員の生活費を稼ぐために、理学部の友人と図ってサッカリンの密造を始めた。甘いものに飢えていたから、サッカリンは飛ぶように売れた。一年も経たないうちに、三十坪ばかりの古い工場を買うことができた。

小倉昌男（おぐらまさお）は「宅急便」を考案し、経営危機にさらされた大和運輸（現ヤマト運輸・ヤマトホールディングス）を奇跡的に復活させ、有力企業へと育て上げた経営者。

東京出身。1937（昭和12）年、幡代小学校（渋谷区初台）卒業。同年、東京高等学校尋常科（旧制）に入学。1942（昭和17）年、東京高等学校高等科卒業。1943（昭和18）年、東京帝国大学経済学部に入学。1947（昭和22）年、東京大学経済学部卒業。1948（昭和23）年、父・小倉康臣が経営する大和運輸（現ヤマトホールディングス）に入社。1961（昭和36）年取締役、1971（昭和46）年代表取締役社長に就任。1976（昭和51）年、オイルショック後に低迷していた業績を回復させるため、役員の反対を押し切って、民間初の個人向け小口貨物配送サービス「宅急便」をスタート。宅急便の評判は全国へと広がり、ヤマト運輸は売上高一兆円の大手運輸会社へと発展することになる。1987（昭和62）年代表取締役会長、1991（平成3）年に代表取締役相談役、1993（平成5）年名誉会長を経て、1995（平成7）年に退任。その後は、ヤマト福祉財団理事長として障害者の自立支援や雇用創出などを積極的に推進した。2005（平成17）年6月30日、膵臓癌を患い腎不全のため米国ロサンゼルスにて死去。80歳。