【第1回】、【第2回】に続いて、元防災情報新聞編集長、有料ビジネス・ニュースレター「防災プラス(Bosai Plus)」編集発行人である高嶋三男(たかしま みつお)様にコロナ禍から見えてきた複合災害の「備え」についてお話しを頂きました。
新型コロナ・パンデミックから見えてきた感染症蔓延と低頻度巨大災害 :複合災害で想定される「備え」の複合課題 【第3回・最終回】
参考事例から、食料品備蓄のコツと課題をチェック
以下は、前提として災害時の「在宅避難での備え」、または大規模広域災害などでの「物流寸断への備え」を想定したものです。在宅避難ができずに避難所へ避難する場合は環境が大きく異なりますので、また別の機会に考えることにします。
日本気象協会「トクする!防災」では『備蓄の心得~夏の備蓄前線2020』として、各地で雨が多くなる時期と食料品や生活用品などの備蓄の見直しを推奨する時期を”前線図”にして公開しています。今年は新型コロナウイルス対策への準備についても触れ、最低3日~1週間分のマスク、アルコール消毒液、体調管理のための体温計を備蓄品にセットしておくことも薦めています。
また、「備蓄食品選びのコツ」、「ずっと置いておく備蓄品」、「普段から使ったり食べたりするもの」を的確にまとめていて、”トクする情報”になっています。さらに「備蓄のススメ」コーナーでは本格的な備蓄法のノウハウを会得できるのでお薦めです。
>>日本気象協会:夏の備蓄前線2020 : https://tokusuru-bosai.jp/stock/stock07.html
いっぽう、とくに食料品の備蓄についてはいろいろ課題もあります。
近年「ローリングストック」(以下、「RS」)と呼ばれる”備蓄法”が広く知られています。余談ですが、英語で「Rolling Stock」は鉄道や貨物自動車などの車両(!)のことで、意味は通じません。あえてこれを英語で表すならば”Stock Rolling”と語順が逆さまになりますが、いまでは国も和製英語を承知でこの「ローリングストック」を使っていますので、これで通すことにしましょう。
改めて「RS」とは、「普段の食事に利用する缶詰やレトルト食品などを備蓄食料とし、製造日の古いものから使い、使った分は新しく買い足して、常に一定量の備える備蓄法」になります。ただ、いま広く「RS」として普及している方法はもっと緩く、日持ちのする食材を循環させるという程度の理解のようです(缶詰やレトルト食品の常備は必須ではない)。それだといざというときに、果たして1週間分の備蓄になるかどうか疑問が残ります。
「RS」の見本例としては、内閣府が推奨する以下の方法が1週間食料備蓄法”正統派RS”ということになりそうです。
「例えば、普段からちょっと多めに食材を買い置きしておけば、最初の3日間は冷蔵庫の中のものを食べてしのげそうです。冷凍庫に普段からご飯や食パン、野菜、冷凍食品等が入っている家庭も少なくないでしょう。
次の3日間は、いつもローリングストックしている食材でまかないます。非常食というと『気が付いたら消費期限が大幅に過ぎていて全て廃棄した』といった失敗が起こりがちです。ローリングストック法は日常的に非常食を食べて、食べたら買い足すという行為を繰り返し、常に家庭に新しい非常食を備蓄する方法。この方法なら普段から食べているものが災害時の食卓に並び、安心して食事を採ることができるはずです。
それ以降は、乾物や発酵食品などの保存食やインスタントヌードル、フリーズドライ食品、チョコレートなどで乗り切る。さらに、調理方法(レシピ)もストックしておけば、「おいしい食の備え」が出来上がります」
>>内閣府(防災担当):1週間を想定した工夫と備え : http://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h25/73/bousaitaisaku.html
基本的な考え方はこれでいくとしても、ここで示されていない問題としては、水道・電気・ガスなどインフラの途絶を想定した場合です。災害時は当然、そうした事態が想定されます。冷蔵庫は夏場の停電でも締め切っておけば3日間持たせられるかもしれませんが、開け閉めの頻度によっては食材の劣化があり得るので要注意です。
そして、食材の調理には水とガスコンロ・ガスボンベのセットが要ります。家族構成によっては水だけでも相当な量になり、カセットボンベは前段の国の備蓄法では買い置きは15~20本としているので、保管スペースの確保も必要になります。
ここで「コウモリの目」(視点の転換)――「備蓄」とくに「食料備蓄」を考えるとき、基本的には「自助」が原則です。しかし、例えば地域防災を考えるとき、自主防災組織は「共助」による備えの体制をとれないものか――とくに要支援者に向けての食料備蓄など、これまで「共助」の発想・アイデアはほとんどなかったのではないでしょうか。
例えば、東京都では東京駅周辺に立地する企業同士が地域住民組織を模して「防災隣組」を組織して防災まちづくり活動を行っていて、食料備蓄も行われているそうです。この「隣組」の「地区防災計画」版を展開できないものでしょうか。また、平時の「フードバンク活動」を行う組織との災害時応援協定なども、平時のうちに整備したいところです。
言わば、流通市場を介さない地域での自給自足、物々交換(持ち寄り)体制の構築――近隣住民・企業・団体同士による「地区備蓄の応援協定」を提案しておきます。
寺田寅彦の箴言は、現代災害史100年を貫いて光を放つ
今年2020年は寺田寅彦(*注 参照)没後85年になります。寺田寅彦は明治に生まれ昭和に没していますが、わが国屈指の科学者であり、同時に優れた随筆家としてとくに災害・防災について、いまで言う“アウトリーチ”(研究成果の社会実装化活動)の先駆者とも言える人です。
わが国の近現代災害史の100余年は当然のことながら時間がつながっていて、いまの私たちがいます。これまで述べてきたような、低頻度巨大災害や感染症の蔓延など、広域大規模災害が想定されて防災のあり方が問われるいま、寺田の普遍的な姿勢を貫く鋭く豊かな着想――85年前の災害・防災への洞察力と箴言・警告が、新しい輝きをもって甦る観があります。
その一例として、寺田の小編随筆集『天災と国防』の一文を紹介します。
[ 戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけには行かない。いついかなる程度の地震暴風津波洪水が来るか今のところ容易に予知することができない。最後通牒も何もなしに突然襲来するのである。それだから国家を脅かす敵としてはこれほど恐ろしい敵はないはずである…(中略)…陸軍海軍のほかにもう一つ科学的国防の常備軍を設け、日常の研究と訓練によって非常時に備えるのが当然でないかと思われる。]
この一節に、東日本大震災の教訓を踏まえて策定された中央防災会議・防災対策推進検討会議の「最終報告~ゆるぎない日本の再構築を目指して~」(2012年7月31日)の“宣言”が共鳴するかのようです――
「災害から国民を守り、その営みを守り、さらには国を守る。こうしたことができる社会を構築していかなければならない。このことは、軍事的・人為的な脅威から国や国民を守ることに決してひけをとらない、国家の重大関心事項であるべきであり、政治の究極の責任の1つでもあると認識すべきである」
*注:寺田寅彦(1878年~1935年):明治中期から昭和初期に活躍したわが国有数の物理学者、地震学者。また夏目漱石とも接点を持つ随筆家・俳人としても知られる。
>>Bosai Plus 2015年8月15日号:防災科学アウトリーチの先駆者 寺田寅彦 : https://1drv.ms/b/s!AvlLE07uJNG-n0nLBXOPHm2IJIL_
【著者Profile】
高嶋三男(たかしま みつお)
(防災ニュースレター「Bosai Plus」 編集発行人)
「Bosai Plus」は2010年9月1日・防災の日の創刊、月2回(1日・15日)発行・配信のニュースレター(PDF A4判・8ページ建て)。各号は災害・防災にかかわる情報と分析・解説情報などを掲載。元防災情報新聞編集長、現WEB防災情報新聞特別編集員、国立研究開発法人防災科学技術研究所 客員研究員。
防災ニュースレター「Bosai Plus」:http://www016.upp.so-net.ne.jp/bosai-plus/
【第1回】新型コロナ・パンデミックから見えてきた感染症蔓延と低頻度巨大災害 ~複合災害で想定される「備え」の複合課題~|高嶋三男(防災ニュースレター「Bosai Plus」編集発行人)
【第2回】新型コロナ・パンデミックから見えてきた感染症蔓延と低頻度巨大災害 ~複合災害で想定される「備え」の複合課題~|高嶋三男(防災ニュースレター「Bosai Plus」編集発行人)