前回【第1回】に引き続き、コロナ禍から見えてきた複合災害の「備え」について、元防災情報新聞編集長、有料ビジネス・ニュースレター「防災プラス(Bosai Plus)」編集発行人である高嶋三男(たかしま みつお)様にお話しを頂きました。
新型コロナ・パンデミックから見えてきた感染症蔓延と低頻度巨大災害 :複合災害で想定される「備え」の複合課題 【第2回】(全3回)
もしやいま、「世界終末時計」が振り切れようとしていないか?
東日本大震災後、わが国で国連防災世界会議(仙台市)が開かれ、「防災の主流化、日常化」が打ち出されます。わが国の防災体制は約60年で三度(みたび)、大変革を迫られることになりました。
災害の規模と対策について、発生頻度が比較的高い「レベル1(L1)」と、発生頻度は極めて低いが最大クラスの「レベル2(L2)」という2分類の概念が提言されました。例えば津波については、「レベル1(L1)」は「概ね数十年から百数十年に1回程度の頻度で発生する津波」で、「人命保護に加え、住民財産の保護、地域の経済活動の安定化、効率的な生産拠点の確保の観点から、海岸保全施設等を整備」(主にハード面で対応)。
「レベル2(L2)」は「概ね数百年から千年に1回程度の頻度で発生し、影響が甚大な最大クラスの津波」で、「住民等の生命を守ることを最優先とし、住民等の避難を軸に、とりうる手段を尽くした総合的な津波対策を確立」(主に避難対策などソフト面で対応)というように。
洪水についても、水防法改正(2015年)に伴い、想定し得る最大規模の降雨(L2)を対象としてハザードマップ等の整備を進めることになります。
>>内閣官房:ナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会(第2回/資料4): https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/resilience/dai2/siryou4.pdf#search=’%E7%81%BD%E5%AE%B3%E8%A6%8F%E6%A8%A1+L1+L2′
このように、いまでは低頻度巨大災害も、私たちの大きな関心事となりました。わが国でカウントダウン・レベルの切迫感があるとされている南海トラフ巨大地震、首都直下地震はもとより、300年間も噴火がないのは不可解とされる富士山火山、さらには、気候変動で想定される大都市湾岸ゼロメートル地帯を襲うスーパー台風や高潮、大雨による河川の大氾濫などなど、「L2」レベルの想定巨大災害がラインアップしています。
このような1000年に1度の低頻度大災害が10種あれば、その発生確率を単純にならせば100年に1度となります。そしてその100年目は明日であってもおかしくはないという不確実な予見性のさなかに私たちはあります。
小惑星(または巨大隕石)が地球に衝突するという非常事態の想定はここでは除外しておきましょう。あり得ないことではなく科学者による真摯な研究もなされているのですが、災害対策の対象としての想像力はそこまでは及び得ず、“SFでのシミュレーション”にとどめおきます。
いっぽう、環境破壊、水危機、食料危機、そして核戦争は、私たち人間の存在と活動に起因する“もうひとつの巨大災害”とも言え、「世界終末時計」(米国の原子力科学者会報が仮想的に設定する時計。核戦争発生の危険性などを概念的に評価し、地球最後の日=午前0時までの残り時間を示す)は、直近の発表(2020年1月)で残り100秒に迫っているそうです。
さて、このようにリアリティ感を増してきた低頻度巨大災害に、このほど、「COVID-19」(新型コロナウイルス感染症)パンデミックが、リアルな“国難”(国際的難局とも重なる)として加わった観があります。わが国の緊急事態宣言は約1カ月半で解除となり、感染による死者・重症者がなぜか(今後検証が進められるはずですが)、幸い、比較的少ない現況です。もちろん、この感染によるわが国の死者数は決して少なくなく、オーバーシュートした国ぐにと比べて死者数の数字が少ないからと言って、一人ひとりの死は重いものがあります。
しかし、世界で600万人の感染者が出ている現実をリアリティチェックすれば、感染の第2波・3波も含めて、今後想定される最悪事態はむしろ、これから起こり得ると考えるべきかもしれません。それはこの感染症の猛威が更に続き、人的被害が拡大するという想定のみならず、その悪影響においてです。
相互作用が“ワン・ワールド”化した今日の国際関係にあって、決してわが国ひとり、経済復興に向けて「新しい日常」「新しい生活様式」に「Go To」でいいというものでもない状況があります。
国際政治・経済の専門家は、パンデミックの蔓延で中南米、中東、アフリカの経済・財政的疲弊・破綻の懸念が増し、保護貿易傾向や自国主義回帰、米中対立、国連・国際機関の弱体化などと相まって、国際政治・経済が調整能力を失い、世界恐慌、さらには突発的・局地的紛争の頻発からの地政学的リスク=“冷戦ならぬ熱戦” を警告する声もあります。
「世界終末時計」は毎年1月に公表されますが、もしいまそれを測るとすれば、果たして世界は危機回避に向けて、何秒の余地を持っているのでしょうか。
サプライチェーン、物流という食料備蓄の死角
ひるがえって「虫の目」――東日本大震災を経て、また、南海トラフ巨大地震など低頻度巨大災害の想定において、私たちの災害への備え方が大きく変わったことがあります。それは備蓄の考え方です。それまでは、食料については3日間分の備蓄の必要が言われていましたが、最低1週間は必要になりました。その理由は、自分が被災するという想定だけでは足りず、いわば全国民が常備的に1週間の備蓄が必要ということです――そう、まるでスイスの”国民皆兵”的に(責務的に)。
国民皆兵的な備えをという背景には、大災害では全国的にサプライチェーン、物流の寸断が想定されるからです。例えば南海トラフ巨大地震が起これば、西日本と東日本の大動脈が寸断して、1週間以上の全国的な物流の寸断が想定されています。災害対策では想定内であっても、最悪想定においては1週間の備蓄でも到底足りないでしょう。行政はとてもこれに対応できません。
ちなみに今回の新型コロナ禍でも、いわゆる”エッセンシャルワーカー”と呼ばれる物流関係の仕事に携わる人びとへの感染が心配されました。物流関連と言えば、生産者から市場・輸送・運送・小売業まで多岐に及びます。こうした業種で万一、大規模なクラスターが発生すれば、物流の連鎖は途絶え、その影響は全国に及びます。わが国で、コロナ騒動以前にこの物流の寸断を狙ったテロを想定した小説が刊行されていて話題にもなりました。
>>朝日新聞:(書評)『東京ホロウアウト』 福田和代〈著〉: https://digital.asahi.com/articles/DA3S14446084.html
世界的な新型コロナ蔓延・拡大のもとで、一部食料生産国では小麦や米、鶏卵などの輸出規制が行われているそうです。感染拡大で生産力が低下したことや、食料価格の上昇を恐れて自国への供給を優先する狙いもあるようで、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、世界貿易機関(WTO)が食料危機の懸念を共同声明(4月1日)で警告しました。
わが国の農林水産省は「食料品は十分な供給量・供給態勢を確保している」としますが、日本の食料自給率は4割にも至らず、輸入に依存しています。農業は少子高齢化を背景に高齢化が進んでいて、長期的には危機感が高まっています。
こうした巨視的な視点も忘れずに、日頃の災害備蓄を考えておくことも大切な”心がけ”と思われます。
【著者Profile】
高嶋三男(たかしま みつお)
(防災ニュースレター「Bosai Plus」 編集発行人)
「Bosai Plus」は2010年9月1日・防災の日の創刊、月2回(1日・15日)発行・配信のニュースレター(PDF A4判・8ページ建て)。各号は災害・防災にかかわる情報と分析・解説情報などを掲載。元防災情報新聞編集長、現WEB防災情報新聞特別編集員、国立研究開発法人防災科学技術研究所 客員研究員。
防災ニュースレター「Bosai Plus」:http://www016.upp.so-net.ne.jp/bosai-plus/
【第1回】新型コロナ・パンデミックから見えてきた感染症蔓延と低頻度巨大災害 ~複合災害で想定される「備え」の複合課題~|高嶋三男(防災ニュースレター「Bosai Plus」編集発行人)
【第3回】新型コロナ・パンデミックから見えてきた感染症蔓延と低頻度巨大災害 ~複合災害で想定される「備え」の複合課題~|高嶋三男(防災ニュースレター「Bosai Plus」編集発行人)