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治水と水害の日本史~洪水との戦いを繰り返してきた日本の歴史~

time 2018/10/02

治水と水害の日本史~洪水との戦いを繰り返してきた日本の歴史~

2018年7月に発生した西日本豪雨(平成30年7月豪雨)は死者227人、行方不明者10人、家屋の全壊6,296棟と河川洪水では平成最大の被害をもたらし、私たちに水害の恐ろしさをまざまざと見せつけました。
そのなかでもとりわけ私たちに強烈なインパクトを持って伝えられた被害が、倉敷市真備町で発生した小田川堤防決壊による大洪水です。被害に遭った地元住民だけでなく、ニュースで見聞きした多くの人が「日本の治水は万全」と思いこんでいた現代社会で、なぜあのような大洪水が起こってしまったのか。日本の水害の歴史や、世界との比較などを交えながら治水について考えます。

「水害との戦い」を繰り返してきた日本の歴史

有史以来、日本では数多くの洪水が発生しては人々を苦しめてきました。
文献に残る最も古い記録では858年(天安2年)に武蔵国(現在の東京都、埼玉県)において大規模な水害「武蔵国水害」があったことが、平安時代に編纂された『日本三大実録』によって伝えられています。
そして、中世・近世に入ってからはその記録はさらに数を増やします。例えば1742年(寛保2年)に、現在の長野県にある千曲川・犀川流域で発生し、2,800人以上が命を落としたと言われる「戌の満水(いぬまのまんすい)」をはじめ、中世から近現代にいたるまで実に多くの洪水による水害が全国各地で記録されています。
ちなみに、かの戦国武将・武田信玄もまた河川の水害に頭を悩ませたひとり。たびたび氾濫を起こしては領民や田畑を奪う領内の釜無川・笛吹川の急流に「信玄堤」という堤防を築き治水に励んだとことが伝えられています。このように我が国の災害史は「洪水との戦いの記録」であったと言っても過言ではありません。

現在も残る信玄堤(出典:山梨県甲斐市役所

なぜ日本では河川の洪水が発生しやすいのか?

ではなぜ、日本にはこれほど洪水が起きるのでしょうか。
その原因のひとつが、「高低差の激しい国土」にあります。
下のグラフが示す通り、日本の河川は世界の国々の河川と比べても急こう配なため、上流で起きた降雨による水が短い時間で人々が暮らす下流まで押し寄せてきてしまうのです。
例えばミネソタ州からルイジアナ州までアメリカ合衆国を縦断するミシシッピ川は、全長約3,779kmと長大でありながら源流から河口までの高低差はわずか450mしかありません。
これに対して、例えば日本の木曽川は全長229kmとミシシッピ川の約1/18でありながら、上流から河口までの高低差はなんと800m。海外の多くの大河が長距離をゆったりと河口まで流れているのに対して、日本の河川は短時間で一気に流れ落ちてくるため、川の上流に雨が降ると急激に水かさが増え、あっという間に下流に押し寄せ、洪水を引き起こしてしまうのです。

「広げる」、「掘る」…さまざまな河川治水の種類

ところで、日本の河川にはどのような治水が行われているのでしょうか。
治水の原則となるのが「洪水時の河川の水位を下げて洪水を安全に流す」こと。そのためにさまざまなパターンが存在します。
一つ目が「川幅を広げる」というもの。河川の器を大きくすることで、水位を下げる極めてシンプルな治水工事で昔から数多くの河川で採用されています。
そして、二つ目に、「ダム・遊水地をつくる」という治水工事。ダム・遊水地で洪水をためて流量を減らし、下流の河川の水位を下げるもの。そして三つ目が、「川底を掘る」という治水工事。川底を掘り下げることで河川の器を大きくして、水位を下げるものです。最後に四つ目は、「バイパスをつくる」という方法。放水路で洪水をバイパスして流量を減らし、下流の水位を下げるのが狙いです。

諸外国に大きく遅れをとった日本の治水レベル

このように治水を行ってきたのにもかかわらず、たびたび洪水が起きてしまうのは「それでもなお、諸外国と比べて治水が遅れている」という問題があります。
次のグラフは治水が進んだ世界の国々と日本の治水強度(再現確率=何年に1回発生するかの確率)を比較したものです。国土の大半が海抜以下の低地で古来、治水が国家運営の礎とされてきたオランダでは、高潮に対して「1万年に1回(の頻度で洪水が発生する)」という高度な治水が完了しています。それに対して、日本の治水の再現率はわずか「30~40年に1回(の頻度で洪水が発生する)」にすぎません。
この原因は、治水が行いにくい土地の性質にあります。先に述べた通り、日本は狭い国土でありながら高低差が大きいため、河川は必然的に急こう配になります。明治時代に治水工事のために富山を訪れたオランダ人技師のヨハニス・デ・レーケは、目の前に流れる急峻な常願寺川を前にして、「これは川ではない、滝だ!」と驚嘆したと伝わっています。それもそのはず。なぜなら常願寺川は全長56㎞でありながら、高低差はなんと3,000mという世界屈指の急流だったのです。

日本の河川と世界の河川における、平常時と洪水時の流水量 ※平常時を1とする

「水害に弱い国に暮らしている」という認識を

さて、このように水害に弱い国土に住んでいる私たち日本人の、生命線と言えるのが「洪水ハザードマップ」です。自治体が発行しているハザードマップには洪水が発生した際にどのエリアまで水害が及ぶか地図上で確認することができます。
例えば、東京都江戸川区のハザードマップを見てみましょう。江戸川区は荒川と江戸川という2つの大河川の下流域に挟まれており、洪水が起きやすい地域です。一見、河川の氾濫時は川の上流へ逃げるのが正解に思われますが、必ずしもそうではありません。このハザードマップが示す通り、江戸川区に関しては沿岸部の方が内陸部よりも海抜が高く、安全であることがわかります。したがって、江戸川区に関してはむしろ「洪水時は海へ逃げろ」が正解なのです。このように、思い込みだけで行動するのではなく、きちんとハザードマップで地形を確認しておくこともいざという時のために行っておきたいことです。
ここ数年、ゲリラ豪雨といった局地的な豪雨が発生しやすくなったこともあり、河川洪水による水害はかつてより発生しやすくなったと考えられます。「洪水なんて起きっこない」という思い込みを捨て、まずは自分の暮らす街がどのような地形にあるのかインターネットのマップで確認してみましょう。河川からの距離は?住宅付近の海抜は? 万が一の際に避難する場所は? …これらを押さえておくだけでもいざという時に適切な行動がとりやすくなります。
「私たちは治水の難しい国に暮らしている」という現実を受け止め、自分の身は自分で守るつもりで万全な備えをしておきたいものです。

■出典・参照
国土交通省北陸地方整備局 主要洪水の概要
国土交通省江戸川河川事務所 首都圏外郭放水路
国土交通省中部地方整備局 木曽川河川事務所
山梨県甲斐市役所
江戸川区 洪水ハザードマップ

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