度重なる自然災害を通して新たな社会問題としてクローズアップされつつある災害関連死。その原因と対策について掘り下げるシリーズ『災害関連死を考える』の第二弾は、「持病の悪化」を取り上げます。
1995年の阪神淡路大震災以降、度重なる災害を通して大きな問題として認識されつつあるものが避難所生活などで頻発している「災害関連死」です。災害関連死とはその名が示す通り地震などの災害によって起きる直接的な死ではなく、避難途中や避難後に発生した死で災害との因果関係が認められるもの。我が国の災害の歴史において大きなターニングポイントとなった2011年の東日本大震災では3,676人(※2018年3月末時点)もの人が災害関連死によって命を落とすなど看過できない社会問題となっています。
熊本地震では災害関連死した人の9割に持病があった!
本地震は2016年4月14日に発生し、死亡者数はその後に災害関連死で亡くなった人を含めると259名に達しました。そのなかで災害関連死による死亡者数は、2018年3月現在で204人と非常に多く全体の約8割を占めています。さらに、熊本県が2017年8月末までに認定された災害関連死の県内189人について持病の有無など死因の原因を調査したところ、何らかの持病があり、薬を服用するなどしていた人は165人で9割弱も占めていたことが判明。死亡時の年齢別では、60代以上が全体の9割以上の174人と圧倒的に多く、60代以下は約8%の11人でした。亡くなった時期は、189人の大半が地震発生から3カ月以内でしたが、6人は半年以上経過してからの死亡でした。
また、東日本大震災の2018年3月1日現在の犠牲者数は、警察庁によると1万5,895人で非常に多くの人が亡くなりました。大多数の人が津波による死亡であったため、災害関連死で亡くなった人の全体に占める割合は、熊本地震に比べると低いですが、それでも消防庁の2018年6月の報告によると災害関連死による死亡者数は3,676人(約23%)にも達しています。
このことから、高齢で病気の人や病弱な人は、いつ災害が起きても問題がないように事前の準備をして災害関連死に備えることが大切です。持病のある人とは、現在病院で治療中の病気(現病といいます)がある人、現在は治療を受けていなくても慢性的・断続的に長期にわたって患っている病気(持病といいます)のある人、および過去にした病気(既往症といいます)があるが、現在は完治して治療を受けていない人も含まれます。
災害で持病・既往症が悪化する原因と理由
1.東日本大震災による災害関連死に関する復興庁の原因調査の結果
復興庁は、東日本大震災が起きた翌年の2012年8月に「東日本大震災における震災関連死に関する報告」として、災害関連死についての報告書を発表しています。同調査は、大きな災害にもかかわらず助かった命、助けられた命であったのに津波や圧迫などの災害が直接の原因とならないで亡くなってしまった人が多いことを真剣に受け止め、将来起きる可能性のある災害に対する対応策を検討する必要があるとして行われました。調査対象は、2012年3月31日現在の災害関連死による死亡者1,632人のうち震災関連死の死者数が多い市町村と原発事故により避難指示が出された市町村の居住者1,263人です。
2.復興庁の調査結果の概要
2-1 男女比
男女別はほぼ半々
2-2 持病、既往症の有無
約6割があり、約1割がなし、約3割が不明
2-3 死亡時の年齢
80歳台が約4割、70歳以上を含めると全体の約9割
2-4 死亡時期
被災してから1カ月以内が約5割、3カ月以内まで含めると約8割
2-5 死亡の原因(複数選択)
・避難所などでの生活による肉体・精神的疲労約3割
・避難所などへの移動中の肉体・精神的疲労約2割
・病院の機能停止による初期治療の遅れなど約2割
2-6 死亡時の生活環境別
・病院、介護施設などが約3割
・自宅など震災前と同じ場所が約3割
・避難所が約1割
3.調査結果から見えてくる災害で持病・既往症が悪化する原因
調査結果から明らかに以下の3つが大きな原因となっています。
・避難所などでの生活の肉体・精神的な負担
・自宅避難でも電気・水道などのインフラが途絶した状態での生活による肉体・精神的な負担
・病院など医療機関の機能停止による初期治療の遅れや必要な処方薬が服用・摂取できないこと
4.慢性的なストレスがさまざまな病気を悪化させる理由
ストレスがさまざまな病気を悪化させたり免疫力が衰えたりして病気になりやすくさせることは一般的によく知られています。しかし、災害時でないときは適度にストレスを発散させられるので多くの場合は、病気が短期間に悪化したり、病気を発症したりすることはあまりありません。ところが、大きな災害では最愛の家族をなくしたり、行方不明で所在がわからなかったり、家屋が倒壊して住めなかったりなど通常よりもはるかに強いストレスを感じます。そのうえ避難所生活ではプライバシーが完全に守られず、また食事や入浴など不十分で不規則な生活を強いられるストレスが加わって、病気が通常の生活では考えられないほど悪化する可能性があります。
なお、ストレスがさまざまな病気を悪化させることは、今までは経験的に知られていることで、そのメカニズムは明らかとなっていませんでした。そのためストレスで病気が悪化することは信じられないという人もいるかもしれません。しかし、2017年8月に北海道大学がストレスに病気を悪化させるメカニズムがあることを解明したと発表しました。災害時の生活は精神的なストレスを極めて強く受け、大きな悪影響を体に与え持病が悪化するので十分な注意が必要です。
災害関連死の防止は事前準備が重要
大きな地震や台風などによる自然災害に備えて、家屋内の安全確保のために家具や大型の家電製品を固定したり、救援物資が届くまでの期間の最低限の水や食料、およびさまざまな防災グッズを非常用の持ち出し袋として用意したりしている家庭は多いかと思います。そのなかに胃腸薬やかぜ薬などの医薬品を入れている家庭もありますが、糖尿病や高血圧、アレルギー疾患、ぜんそくなどの持病や既往症がある人、および特に高齢者は、これだけでは万が一のときに治療に十分な医療を継続できません。もう一段踏み込んだ以下の準備を事前に行うことが必要です。また、それだけでなく災害時は周りの人と協力しあい、状態がおかしい人を見かけた場合は、すぐ医者へ連絡をとるなど協力しあう意識を持つことも重要です。人を助けるだけでなく自分が助けてもらえる可能性が高まります。
1.「お薬手帳」を活用
参照:公益社団法人 日本薬剤師会 eお薬手帳について
病気やケガで病気の内容を的確に説明できないとき、あるいは病状を知っている家族がそばにいないときなどの緊急時に医師は、お薬手帳があればそれを見ることで病状を知る大きな手がかりにできて、適切な治療を継続できます。東日本大震災のように医療機関が被害を受けると医薬品や医療器具のほかに患者のカルテも喪失して病状の確認ができない、または時間がかかる可能性があります。
お薬手帳を活用できるように避難時の持ち出しリストに加え、決まった場所に置いて避難所に持っていけるようにしておくとスムーズな治療を継続して受けられます。予備としてお薬手帳をコピーして非常用の持ち出し袋に入れたり、常に持ち歩く財布や免許証に入れたりしておきましょう。本人または家族がスマホを利用していれば、紙のお薬手帳がデジタル化された「eお薬手帳」を使うと便利です。
「eお薬手帳」とは、お薬手帳の内容がスマホなどでインターネットが利用できる環境であれば、いつでも。どこででも確認できるスマホ用のアプリです。公益社団法人 日本薬剤師会が無料で提供しておりホームページからダウンロードできます。1つのアプリで家族全員がそれぞれの薬の情報を保管・管理できるので、本人がスマホを持ち出せなくても家族の誰かがスマホを利用できれば、家族全員のお薬手帳の内容が確認できます。また、紙の手帳では不可能な「飲み忘れ防止アラーム機能」など便利な機能が装備されています。
2.予備薬を多めに手配
災害で孤立し十分な医療を受けられない可能性もあるので予備薬として多めに薬を手配して保管しておくと安心できます。医療が中断し薬が止まると、例えば糖尿病、ぜんそく、高血圧、てんかんや統合失調症などの精神神経疾患などの病気では体調や病状が急激に変化する可能性があります。医師が処方する薬は必要以上にもらえませんが、慢性疾患など特に薬が切れると困る病気、および入手が難しい薬を服用している場合は、医師に相談して通常よりも常に1週間分ぐらい多く処方してもらうようにしておきましょう。
3.事前にかかりつけの医者に相談
避難所での生活は自宅での生活とは大きく異なり、十分な水分が摂取できなかったり、偏った食事や不十分なプライバシー、自由に利用できないトイレや入浴など強いストレスがたまったりする生活を強いられます。一般的には、ストレスと水分の不足による脱水症状は、持病がある人にとって持病を悪化させる2大要因です。
それ以外にも、本人や家族は、持病に合わせて避難所生活でどのようなことに注意して健康管理をすべきか、かかりつけの医師に相談してどうしたら体に負担がかからないようにできるか知識として持っておきましょう。例えば避難所ではトイレにいく頻度を抑えるためにあまり水を飲まない人がいますが、持病があると危険が高まることや、持病があって特に高齢者はエコノミークラス症候群になりやすいなどについて知っておく必要があります。
持病がある人、特に高齢者は災害時に対する事前準備が必要
避難所生活では想像以上のストレスがかかり、また十分な医療が受けられないので、持病がある人、なかでも高齢者は災害時に対する事前準備が必要なことを紹介しました。上記以外にも以下のような事前準備を病気に合わせてしておくとより万全です。
・薬は、口を閉じられるファスナー付きのポリ袋に入れて緊急時に持ち出しやすく、浸水被害などを受けにくい場所においておきます。
・認知症などのある人については、認知症で要介護が必要であることが明示できて、要介護度、主な症状などを簡単にまとめて書いておける「防災ワッペン」を用意し、避難時にはまわりの人が分かりやすい場所につけておきます。
・気管支の持病がある人、弱い人は粉じん対策用の高性能なマスクを用意しておきます。
・口腔(こうくう)衛生を維持するため歯磨きのほか口内洗浄液を用意しておきます。
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