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首都直下地震と帰宅困難~首都圏を襲う巨大地震、無理な帰宅が招く惨事とは|廣井悠(東京大学准教授)講演録

time 2017/06/28

首都直下地震と帰宅困難~首都圏を襲う巨大地震、無理な帰宅が招く惨事とは|廣井悠(東京大学准教授)講演録

帰宅困難者対策に必ず必要な4つのこと

帰宅困難者対策の大方針は、発生した帰宅困難者にどう対応するかということと、なるべく帰らせない管理をするべきだということの2点です。

そのうえで、問題の所在、対策の意義をきちんと理解すること、さらに行政、個人、事業者が、どのような対策を行い、また災害時にはいかなる対応を取るべきか、それぞれの役割を明確化すること、これが帰宅困難者対策の一番のポイントであると考えています。

改めて、帰宅困難者が引き起こす「最悪のケース」をまとめると以下のようになります。

(1)滞留(その場に留めること)に失敗すると……

  • 大量の徒歩帰宅者で大渋滞、2001年明石歩道橋のような集団転倒が発生
  • 災害情報も得られず、大量の徒歩帰宅者が大規模火災発生地域へ突入
  • 余震で建物倒壊や外壁が落下、これを避けきれず徒歩帰宅者が被害
  • 大量の帰宅者・車で大渋滞、救急/消火/救助/災害対応が大幅に遅れ
  • 滞留に失敗し、大量の帰宅者・車で大渋滞、避難行動の阻害になる

(2)物流がストップ・備蓄もないと……

  • 大都市中心部で発生するモノ不足(そして避難所へ殺到)

(3)安全な場所が見つからないと……

  • 駅前ターミナルなど各所から人が流入,溢れて転倒事故など
  • 災害情報も得られず、津波・大規模火災の襲来
  • 安全確認をしないまま高層ビルなどに滞留、余震被害や高層ビル火災

このような最悪の事態を避けるには、滞留の成功、備蓄の用意、安全確認を含めた安全な場所の確保、災害情報の共有の4点が必要不可欠です。

特に滞留の成功について、私用の外出などで拠点を持たない帰宅困難者の数はそれほど多くありません。圧倒的に多いのは従業員です。ですので、一時滞在施設の確保はもちろん重要ですが、それよりも従業員を滞留させること、迎えの車を少なくすること、この2つを行うことで、状況はずいぶん改善されるということが、先ほどのシミュレーションでは明らかになっています。

行政、企業、個人、それぞれが担う役割とは

続いて、役割分担について、東京都の事例を紹介します。都では、帰宅困難者対策に対する条例を制定し、発災72時間は、行政は救出救助活動に注力し、帰宅困難者対策は自助共助で行うという方針を打ち出しています。行政はそれを補助、支援するという役割です。

これまでの防災の常識では、共助というと、地域の自治体や町内会でした。しかし帰宅者対策では、共助はほぼ企業を指します。このように企業を巻き込んだ防災対策というのは、ここまで大規模なものはこれが初めてといってもよいのではないでしょうか。

企業つまり事業者の役割は、基本的には従業員を帰さないこと、またそのために食料や水を備蓄し、マニュアルを整備することです。さらに余裕があれば、行き場のない帰宅困難者たちを受け入れる一時滞在施設を開設してくださいと、行政がお願いをしているところです。

その大前提には、行政の施設だけでは無理だということがあります。ただ、一企業としては、受け入れにさまざまなリスクも伴うため、地域で協議会を作るところも増えています。

また、私の研究室では、避難所運営ゲーム(HUG)を参考に、帰宅者支援の受け入れに関する図上訓練ツールのパッケージ化も進めています。実際に訓練するのは大変なので、まずは図上訓練をやりましょうという試みです。

では、個人はどうでしょうか。東京都では、一斉帰宅の抑制、家族との安否確認手段の確保を、都民の努力義務としています。帰宅困難対策の心得をまとめると次の通りです。

  • まずは自分の身の安全を確保
  • むやみに移動を開始しない
  • 職場や学校など安全な場所に待機、外出先では一時滞在施設へ移動する
  • 家族の安否確認・事前に家族で話し合い
  • 待機中は「お客さん」にならず、できることを手伝う
  • 会社に頼らず個人も水や食料を備蓄
  • 混乱収拾後の徒歩帰宅に備え、地図、携帯ラジオ、運動靴、携帯電話の充電器を職場に

問題だらけの帰宅困難者対策で、ポジティブになれる一つのこと

以上はあくまで東京都を例にしたものです。帰宅困難者対策の特殊性の一つに、地域によって大きく異なるということが挙げられます。東京をはじめとする大都市中心部の高密中心業務地区型、大阪や名古屋などの津波リスク潜在都市型、ベッドタウンなどの郊外住宅地型、さらに京都など観光地型で、それぞれ適切な対策を行う必要があります。

いずれにしても一つ言えることは、帰宅困難者の対策にはポジティブになれる面もあるということです。防災対策というのは本来、建物倒壊対策でも初期消火対策でも、基本的にマイナスをゼロにする対策です。

でも、帰宅困難者対策では、マンパワーを利用して、ボランティアになってもらうといった発想が可能です。実際,最近では一時滞在施設の受付に帰宅困難者の人を配置する訓練なども行われています。場合によっては、傷病者の搬出や避難誘導なども可能になるかもしれません。このようにマイナスをプラスに変えられる対策は、帰宅困難者対策だけです。

現状では問題が山積みではありますが、5年後、10年後には、帰宅困難者を活用して、東京の復旧をはやめ、観光客を呼び込んだり、諸外国に東京は危険なところではなく、みんながんばっているというメッセージを送るきっかけの一つにしたりすることもできるのではないでしょうか。

そういう意味で、短期的な視点だけでなく、長期的な視野に立って、帰宅困難者をどのように活用するかを考えることも重要ではないかと思います。

廣井悠(東京大学准教授)

【講師Profile】廣井 悠(ひろい ゆう)

東京大学大学院/工学系研究科/都市工学専攻/准教授
1978年10月東京都文京区生まれ。
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を中退、
同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター准教授を経て2016年4月より現職。
博士(工学)、専門は都市防災、都市計画、防災学、行動科学。
廣井研究室のサイト
http://www.u-hiroi.net/index.html
東京都中央区帰宅困難者支援施設運営協議会・座長名古屋市都市再生安全確保 計画策定に向けた検討会・委員、名古屋市地震対策・専門委員、大阪市防災会議 ・専門委員、東京消防庁火災予防審議会・委員、東京消防庁事業所における帰宅 困難者対策検討部会・副部会長、国土交通省地下街安心避難対策検討委員会・ 委員など。
都市の防災・火災・避難・帰宅困難者対策に理論・実践ともに積極的に関わる。
主な受賞
・日本災害情報学会奨励賞(阿部賞2015年、河田賞2014年)
・日本火災学会内田奨励賞(2014)
・MPCP award2013奨励賞(2013年)
・第18回地下空間シンポジウム最優秀講演論文賞(2013年)
・平成24年度文部科学大臣表彰若手科学者賞(2012年)
・地域安全学会優秀発表賞(2012年)
・都市住宅学会学会賞(2012年)
・自然災害学会学術優秀発表賞(2013年、2011年、2008年)、
・建築学会奨励賞(2011年)
・都市計画学会論文奨励賞(2011年)
・前田工学賞(2011年)
・Asia-Oceania Symposium for Fire Science and Technology Best Presentation Award 受賞(2010年)
honto

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