思則有備(しそくゆうび)思えばすなわち備えあり

防災意識を育てるWEBマガジン

首都圏を襲う巨大地震、無理な帰宅が招く惨事とは|廣井悠(東京大学准教授)

time 2017/06/28

首都圏を襲う巨大地震、無理な帰宅が招く惨事とは|廣井悠(東京大学准教授)

東日本大震災からまる6年がたとうとしています。現在、南海トラフ巨大地震や首都圏直下型地震の可能性が指摘され、さまざまな防災対策がとられています。しかし、避難や防災グッズなどのテーマが注目される一方で、帰宅困難者対策について十分に認知されているとはいえないと、東京大学大学院で都市防災を研究する廣井悠准教授は指摘します。

東日本大震災では、首都圏を中心に、多くの帰宅困難者が出ました。あのとき、家まで何十キロも歩いて帰れたのだから、次に震災が起きてもなんとかなると考える人は、少なくないのではないでしょうか。

しかしそれは誤解だと語る廣井氏。マグニチュード7を超えるような巨大地震下で、帰宅困難者は命に係わる問題だと警鐘を鳴らします。

では、具体的にいかなる問題をひきおこすのか、またその対策はどうすべきか、さらに個人は何を心掛けるべきか、廣井氏に語っていただきました。

巨大地震で、帰宅困難者問題を甘く見てはいけない

まず、申し上げたいのは、帰宅困難者という言葉には、3つの誤解があるということです。1つ目の誤解は、「東日本大震災の時、首都圏にいた人たちはみな徒歩で帰っていたので、次も同じように帰ろう」というものです。

私が行ったアンケート調査では、東日本大震災時に帰宅困難者になったが自宅に帰れた人の83.6パーセントが、もう一度同じ行動をとると回答しており、このような誤解を抱いている方は特に首都圏で多いのではないかと思います。

2つ目の誤解は、「自分は体力があり、20㎞や30㎞など余裕で歩けるので、帰ることができる」というもの。3つ目は、「災害時において、帰宅できないことはたいした問題ではないので、対策の必要はない」というものです。

帰宅困難者という言葉は、東日本大震災をきっかけに広く知られるようになりました。このため、震災当時のイメージに大きく引きずられているところがあります。

しかし、震度6強を超える首都圏直下型地震や南海トラフ巨大地震が起きた場合、帰宅困難者をとりまく状況は全く異なるはずです。おそらく大きな建物が多数倒壊し、火災が多発するような事態が起きるでしょう。

そうなると、「帰宅困難者=東日本大震災のとき歩いて帰った人」というイメージのままでは、将来の災害対策に問題が生じると考えます。そこで、帰宅困難者というものを、言葉の定義からきちんと見つめなおしていく必要があると感じています。

9万人から515万人まで、「帰宅困難者」の定義とは? よく、メディアの方から、東日本大震災で何人の帰宅困難者が発生したかという質問を受けます。調べると、いろいろな数字が出てきます。朝日新聞では都内で9万人、東京新聞では368万人、さらにNHKのニュースでは515万人という報道がみられます。

文字通り9万人から515万人まで桁が2つも違うのですが、実は、これは全部正しい数字です。9万人は公共施設に収容された帰宅困難者の数、368万人は私の試算で、東京にいた人のうち、当日帰れなかった人の数、515万人は内閣府の試算で、首都圏にいた人のうち、当日帰れなかった人の数を示しています。

つまり、これらは全て帰宅困難者の定義が異なっているのです。なのでこれだけ大きな違いがあらわれるのです。もともと、行政の中でもさまざまな定義がありました。観光客はどうするのか、けが人は帰宅困難者と言わないのか、それによっても、とるべき対策は異なってきます。

最近はだいぶ整理され、現在、東京都では帰宅困難者を、「災害時に外出している者のうち、近距離徒歩帰宅者(近距離を徒歩で帰宅する人)を除いた帰宅断念者(自宅が遠距離にあること等により帰宅できない人)と遠距離徒歩帰宅者(遠距離を徒歩で帰宅する人)」と定義しています。また、東京都に限らず、多くの場合、この「帰宅断念者」と「遠距離徒歩帰宅者」を、「帰宅困難者」というようになりました。

首都圏の人々が帰宅困難となる事情

では、帰宅困難者はなぜ発生するのでしょうか。背景はとても簡単です。首都圏における鉄道利用者が多すぎるためです。これは近畿圏や中京圏でも同様のことが言えます。交通センサスによれば、1日の鉄道利用者は首都圏では延べ4000万人、近畿圏では1300万人、中京圏では300万人と言われています。

これに対し、首都圏のバスや路面電車の定期利用者は42万人、約100対1の割合です。電車が止まれば、当然、バスと路面電車だけでは、全くさばききれない状況になるでしょう。

しかも首都圏では定期利用者数の通学通勤の平均所要時間は68分、つまり大半の人が1時間以上をかけて通っています。このように、大量の人が長距離を電車で移動しているという大都市圏の職住分布の問題こそが、帰宅困難者問題の根底にあるわけです。したがって、このような都市構造が変わらないかぎり、根本的な解決は難しいと言えます。

ただ、東日本大震災で首都圏が受けた被害は、東北や北関東に比べれば、それほど大きなものではありませんでした。千葉県などで液状化現象が見られましたが、東京にかぎっては、亡くなった方もいらっしゃいますが、全体としては鉄道が止まっただけです。それで、帰宅困難者が大量発生し、大混乱に陥ったにすぎません。しかし同時に、課題も見えてきました。

東日本大震災で見えてきた首都圏の帰宅者を取り巻く課題とは

1つは行政の対応の限界です。地震発生当日の17時40分ごろ、枝野幸男官房長官(当時)が、無理な帰宅を控えるよう会見しました。それとともに、九都市は災害時帰宅支援ステーションに水やトイレ、情報提供を要請し、都や区町市は一時避難場所として1000か所の避難場所を用意しました。行政の対応としては、まずまず評価できるものであったと思います。

けれど、首都圏で起きた状況を見ると、会見時にはすでに帰宅を始めている人も多く、公共施設のキャパシティを超える帰宅困難者が発生しました。また、携帯電話の2/3が全く利用できず、情報伝達や情報共有の難しさも、改めて顕在化しました。

さらに、予想以上の大渋滞も起こりました。特に、帰宅できない人を迎えに来た送迎の車が多かったことが、渋滞を悪化させました。調査では、都心部では約5%の人が家族を迎えに行っています。

加えて、大量の帰宅困難者がコンビニで品物を買い、物資が不足するという事態も発生しました。これについては、一般に、買い占め行動のせいだとされています。けれど、全国の大都市でアンケート調査をすると、普段より多く購入した人は一割程度でした。

では、なぜモノ不足が起きたのか。それは大都市、特に都心部では、店舗が狭く、在庫を置いていないためです。物流が止まったり、大幅に遅れたりすると、品不足が生じます。このため、豊富な備蓄が必要だということも明らかになりました。

そして、冒頭で述べたように、次回、同じ行動をとる人が多いだろうということもわかっています。

首都圏の巨大地震下で、帰宅困難者に何が起きるのか

調査によると、東日本大震災の時、首都圏で発災直後に帰宅行動を行った人は、外出者全体の半数ほどでした。しかし、震度6強の地震では、おそらく激しい揺れにより、建物の倒壊などがおき、物理的に建物内に留まれなくなるでしょう。

また、家族の安否も非常に気にかかるはずです。このため、平日昼間に地震が起きた場合、さらに多くの人が帰宅行動を行うことが考えられます。そこで、もし東京23区にいる外出者すべてが、一斉に帰宅行動を行ったら、歩道や車道ではどのような混乱が生じるか、予測をしてみました。もちろん幹線道路の閉塞などにより混雑状況は様々な状況にはなりますが、このような広い道路の閉塞はないものと仮定して、一例を示します。

図は、我々が開発した震災後の混雑を予測する「大都市圏避難シミュレーション」です。

大都市圏避難シミュレーション

提供:東京大学大学院工学系研究科廣井研究所

 

これによると、首都圏直下型地震の発生から1時間後、東京中心部では、1平方メートルあたり6人程度の大過密状態が、麻布十番、六本木一丁目、赤坂見附、九段下、東京ドーム前、新宿、新橋などで発生します。図中の紫の部分が最も過密しているところ、赤はその次に過密度が高いところです。

1平方メートルというと電話ボックス程度の広さです。そこに、6人程度が詰め込まれるような大渋滞が、都心部の各地で発生するというわけです。

2001年、明石の花火大会で、歩道橋に大量の人が詰めかけ、250名ほどが死傷される事故がありました。あのときは1平方メートル10人程度とも言われていますので、その一歩手間のような状況が、ただでさえ、余震が頻発し、たくさんの建物が倒壊し、火災も起きているだろう大規模地震時に発生してしまうかもしれないということです。

さらに5時間後の予想では、中心部の歩道の渋滞はある程度解消されますが、東京西部を見ると、明大前、東北沢、駒場東大前のあたりで大密集状態がおきています。

大都市圏避難シミュレーション2

提供:東京大学大学院工学系研究科廣井研究所

「迎え」の車が引き起こす深刻な問題とは

次に、車道の状況を予測します。ここでは交通規制は考慮していません。なぜなら、交通規制を完璧に行うためには、すべての交差点に警官を配置する必要があり、現実的には難しいということが、これまでの訓練からわかってきたからです。なのでここでは、仮に交通規制がないものとして考えています。

図中の赤くて太い線が、時速1~3㎞という超のろのろ運転の状態が発生しているところです。車道は5時間後も慢性的に渋滞が続いています。これは、災害対応の阻害要因となりますし、このような状況が津波の来る大都市で発生したら避難行動を著しく妨げるでしょう。

大都市圏避難シミュレーション3

提供:東京大学大学院工学系研究科廣井研究所

大都市圏避難シミュレーション4

提供:東京大学大学院工学系研究科廣井研究所

下の図は、送迎の車をやめた場合の5時間後の状況です。上の送迎がある場合における5時間後の予測と比べると、激しい渋滞が起きている赤い部分がかなり減っていることがわかります。つまり、「迎え」をやめさせると、5時間後の状況はだいぶ異なるということです。

大都市圏避難シミュレーション5

提供:東京大学大学院工学系研究科廣井研究所

ここまでくると、冒頭で述べた「次も歩いて帰れる」「20~30㎞くらい歩ける」「対策は不要」というのが誤解だということがお分かりになるのではないでしょうか。帰宅困難者は、当然、自分が被害者となる可能性もありますが、それだけでなく、消防活動や救急活動などを阻害させる加害者にもなりえます。

ですから、帰宅困難者対策は、命に係わる問題だといえるのです。以上の点を踏まえ、具体的な帰宅困難者対策について考えます。

廣井悠(東京大学准教授)

【講師Profile】廣井 悠(ひろい ゆう)

東京大学大学院/工学系研究科/都市工学専攻/准教授
1978年10月東京都文京区生まれ。
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を中退、
同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター准教授を経て2016年4月より現職。
博士(工学)、専門は都市防災、都市計画、防災学、行動科学。
廣井研究室のサイト
http://www.u-hiroi.net/index.html
東京都中央区帰宅困難者支援施設運営協議会・座長名古屋市都市再生安全確保 計画策定に向けた検討会・委員、名古屋市地震対策・専門委員、大阪市防災会議 ・専門委員、東京消防庁火災予防審議会・委員、東京消防庁事業所における帰宅 困難者対策検討部会・副部会長、国土交通省地下街安心避難対策検討委員会・ 委員など。
都市の防災・火災・避難・帰宅困難者対策に理論・実践ともに積極的に関わる。
主な受賞
・日本災害情報学会奨励賞(阿部賞2015年、河田賞2014年)
・日本火災学会内田奨励賞(2014)
・MPCP award2013奨励賞(2013年)
・第18回地下空間シンポジウム最優秀講演論文賞(2013年)
・平成24年度文部科学大臣表彰若手科学者賞(2012年)
・地域安全学会優秀発表賞(2012年)
・都市住宅学会学会賞(2012年)
・自然災害学会学術優秀発表賞(2013年、2011年、2008年)、
・建築学会奨励賞(2011年)
・都市計画学会論文奨励賞(2011年)
・前田工学賞(2011年)
・Asia-Oceania Symposium for Fire Science and Technology Best Presentation Award 受賞(2010年)
メルマガ登録バナー
E-mail
お名前
※メールアドレスと名前を入力し読者登録ボタンで購読

アーカイブ