防災意識を育てるWEBマガジン「思則有備(しそくゆうび)」

シリーズ 防災食を考える|①防災食(備蓄食・非常食)はフルコースで

time 2019/04/16

シリーズ 防災食を考える|①防災食(備蓄食・非常食)はフルコースで

著者
株式会社セイエンタプライズ
代表取締役 平井雅也

阪神淡路大震災を経験して感じた、日常の延長としての非日常

備蓄食・防災食の事を非常食と言います。非常食は、非日常時に食べる食事ですから「非日常食」と言う意味です。
時間軸を考える時、非日常とは日常の延長線上にあり、(災害が発生した)ある時ある瞬間から突然始まります。ですから、非日常と日常を分割する事は出来ず、非常食(防災食・備蓄食)は、普段から食べているような日常食であることが望ましいのです。
私は、1995年~1997年にかけて二つのできごとを経験し、このように考えるようになりました。

今から20年以上前の阪神・淡路大震災(1995年1月17日5時47分:死亡者数6434人)が起こった時、私は、震源の真上となる、神戸市東灘区岡本に住んでいました。
被災地で何が起こり、皆が何を思い、行動したのか、毎日の食事や避難所生活を一被災者として実体験しながら、観察することができました。

この体験で、「大きな困難に直面したとき、人は互いに助け合うものなのだ」という事を実感したのですが、この心理的状況を災害心理学で「災害後のユートピア」ということを後日に知りました(災害フェーズからブルーシートの世界とも言う)。圧倒的な災害という恐怖を体験した者同士は、その直後に感じる安堵感から、えも言われぬ安らぎを共有し、お互いに他人にやさしく接する心の状態になります。

防災の基本に、自助・共助(互助)・公助という言葉がありますが、この時、私は「共助」によって救われた思いがしました。共助とは、他人にやさしく接する心の状態、助け合いの精神です。誰かのために何かしたいとの思いが、災害現場を包みました。さらに、この地震の様子は発災直後からメディアで全国にしらされ、沢山の助け合いが生まれました。ボランティアを受け入れるためのボランティアセンターや問合せの窓口が開設されることが標準化し、「ボランティア元年」と言われる大きな時流の節目となりました。

被災者の心理面にも配慮した理想的な食糧援助とは

さて、災害時のボランティアによる様々な援助のうち、食糧の提供は重要なウエイトを占めています。どのような食糧の提供が望ましいのかを考える際に、何かをしたいとの衝動、助けたいとの気持ちを大事にします、すると「食べられれば何でも良い」との発想は浮かんできません。しかしながら、贅沢な料理を提供すると言うのも行き過ぎです。
つまり理想的な食糧援助(食糧支援)とは、被災者がまるで普段の食事のようだと感じることができる食糧をボランティアが提供できることだと思います。1996年から1997年にかけて、私がアメリカ合衆国のボランティア団体を訪問した時、このような考え方がすでに実践され、しかも一歩も二歩も先んじていることが分かり感心しました。

米国のボランティア団体は、被災者の心理面にも配慮した食事メニューの提供をしていました。簡単ですがご紹介しましょう。

ハワイでは当時フードバンクと呼ばれる組織(現在日本にも存在:セカンドハーベストと改名)の巨大な冷蔵倉庫を見学しました。フードバンクでは、食品製造会社から余剰品やB級品(わけあり品)を無料もしくは安価に仕入れ、食糧を必要としている貧困者世帯や施設などへ提供していました。

また積極的なボランティア団体「レッドクロス」や「サルベーションアーミー」は、フードバンクや企業から食料品を仕入れて、ホームレスの人たちなどに援助をしています。彼らは、この普段から行うオペレーション(食糧配給)の経験から災害時の食糧援助についてもノウハウを蓄積していました。

フロリダのレッドクロス事務所を見学したときのこと、食糧援助(仕入れ)担当者は、私を倉庫から戸外の車庫へと案内してくれました。米国では彼らのようなボランティア団体は災害援助のための特殊車両を保有しています。緑の芝の上に駐車している災害援助車の前で、彼は私にとっておきの秘密を話してくれました。

彼は車の後ろの部分を指差しながら「ここをご覧」と言いました。そこには、蛇口のようなものがありました。
「すべての災害援助車にはコーヒーメーカーが附属しているんだよ」
彼が続けます──
「災害援助で大切な事、まずパニックを起こさせずに事態を収拾するため女性や子どもたちをリラックスさせなければいけない」
そう言って彼がすっとコーヒーを差し出します。
「それには、コーヒーと飴を提供することさ!」
この考え方に、私は衝撃を受けました。

私が知る限り、当時の日本の食糧援助の場面では「災害時は我慢!食べられるだけありがたい」といった精神論が先行し、美味しいものを求めることは贅沢と考えられていました(私たちも、そこに風穴を開けるために努力してきました)。
それなのに彼らの考え方は、嗜好品(珈琲や甘味)の提供が最優先なのです。
「食事」という文字は「食べる事」と書きます。栄養の摂取ではなく、食べる事を楽しむ行為が含まれた言葉だと思います。食事には、飲み物、主食、副食、そしてデザートまでが含まれていて当然と言うわけです。

国がやるべきことはほかにある
――生活の場は自助と共助で守る

余談となりますが、米国の非常食事情を考える上で、戦闘糧食(レーション)というのがあります。MRE(Meal Ready to Eat)と呼ばれる米国軍隊向けの野戦食のパッケージの中には「M&Mチョコレート」や「フルーツバー」、「珈琲」、「タバコ」までも入っています。災害時よりももっと過酷かも知れない戦場で食べることを予定した食糧にも、嗜好品の提供がなされています。

さて、私の知る限り(現在では多少の変化があるものの)訪問当時の米国の防災に関して、食糧を支援するのは政府(公助)ではありませんでした。それはボランティア(共助)の仕事だからです。自分の身は自分で守るべき(自助)であり、そして生活の場(コミュニティ)はお互いに守るもの(共助)であるということが、米国での防災を考える中心的な思想であり、政府(公助)には災害後の復興のための税制優遇措置、迅速な軍隊の派遣等、ほかにすべき役割が山ほどあります。
こうした背景の中で、ボランティアの食糧援助の考え方はより洗練されていき、嗜好品まで含めた普段の食事の提供を志向するようになったと私は考えています。

日本でも米国でも、災害時でも日常時でも、人の欲する食事に差はありません。ともすれば、贅沢と思われがちなデザートまでを備蓄しておく――非常食(防災食)を考えるときに重要な指針となると思います。

 

■【シリーズ 防災食を考える】

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