少し古い記事を紹介する。
【放射能漏れ】中国で“塩買い占め騒動”海水汚染の風評広がる(2011.3.17 産経新聞)
塩騒動と、その10日後の報道である。
【放射能漏れ】中国の男性が塩6.5トン買いだめ、放射能パニック収まり困惑(2011.3.28 産経新聞)
では、なぜ「塩」なのか?
中国大陸の塩には、ヨウ素添加塩(Iodized Salt)が利用されているからである。
ヨウ素とは、人間の体内で甲状腺ホルモンを生成するためにぜったいに必要な必須元素である。
ヨウ素は、海苔や昆布やワカメや海の魚などの海産物に普通に含まれている。
これを安定ヨウ素と呼ぶ。日本人は、日常的に海産物を食べ、この安定ヨウ素を体に取り入れている。
そして、大陸(特に内陸部)の住民らは、日頃から、海産物をあまり口にしない食生活である。
そのため、海産物に豊富に含まれているヨウ素(安定ヨウ素)を摂取する機会が少なく、慢性的なヨウ素不足に陥る。
チェルノブイリ原発事故の後、世界的に有名となった放射能健康被害に、成長期の子供たちがチェルノブイリ原発から放出された放射性ヨウ素(131)を体に蓄積してしまったため甲状腺癌(がん)発生が増えたというものがあった。
放射性ヨウ素は、放射線を出す、いわば汚染されたヨウ素である。
人体にとって必要なヨウ素は、それが放射性ヨウ素であるか安定ヨウ素であるかは余り関係ないという。
そのため、海産資源の乏しい大陸内陸部のロシアの子供たちは、慢性的なヨウ素不足に陥っていたため、誤って、放射性ヨウ素(131)を代替ヨウ素として体に大量に取り込んでしまい、その後、甲状腺癌が多発したというわけである。
海産物の豊富な日本では、ヨウ素添加塩(Iodized Salt)はあまりポピュラーではないが(必要ないため)諸外国では事情が異なる。
精神的な発達が遅れるクレチン病(甲状腺機能低下による先天性疾患)は、安定ヨウ素の欠乏によって引き起こされる病気として知られている。20世紀に入ると、日々の食事で、安定ヨウ素をちゃんと摂取することで、それらの疾患が完全に予防できることがわかってきた。
アメリカ合衆国では、第一次世界大戦のとき、アメリカ中西部の青年の多くにヨウ素欠乏症がみられた。青年たちは戦場に行く前に兵士として不合格となった。この事件をきっかけにして、塩に安定ヨウ素を添加した「ヨウ素添加塩(Iodized Salt)」推進運動という国策が奨励され、1920年代の半ばまでに一般に普及し、ヨウ素欠乏症の青年は激減することになる。
このアメリカの成功により、その後、ヨーロッパ大陸や中国、ロシアなどの大陸でも、ヨウ素添加塩(Iodized Salt)が急速に普及した。
つまり、多くの国では、食塩にヨウ素が添加物として入れられており、慢性的に摂取されることがない栄養素であるヨウ素を補っているのである。
だから、中国の塩パニックは、海水が汚染され塩が足りなくなると考えた一部の者たちよりも、内陸部でより深刻だった。
塩パニック報道の後、多くの問い合わせが寄せられたのか、WHO(世界保健機関)で「日本の原子力問題 FAQ(よくある質問集)」が3月22日(?)に改定された。日本語訳はこちら
Should I take iodized salt to protect myself from radiation? 放射線から身を守るため、ヨウ素添加塩を摂取すべきか? * No, you should not take iodized salt to protect yourself from radiation. It is dangerous to take large amounts of iodized salt in order to increase the amount of stable iodine in the body. いいえ、放射線から身を守るためにヨウ素添加塩を摂取すべきではない。体内の安定ヨウ素量を増加させるためにヨウ素添加塩を大量に摂取するのは危険である。 * Increasing one’s daily intake of iodized salt will cause more harm than good. The main ingredient of iodized salt is sodium chloride, which is linked with hypertension (high blood pressure) and other medical disorders. The iodine content in iodized salt is too low to prevent uptake of radioiodine. ヨウ素添加塩の日常摂取量を増加させることは、有害無益である。ヨウ素添加塩の主成分は塩化ナトリウムで、高血圧やその他の内科的疾患に結びつくものである。ヨウ素添加塩のヨウ素含有量はきわめて低く、放射性ヨウ素の体内摂取を防ぐことはできない。 * Sodium chloride is acutely toxic in large amounts: even tablespoon quantities of salt repeatedly taken over a short period of time could cause poisoning. 塩化ナトリウムは大量に摂取すると急性中毒を起こす。スプーン 1 杯の塩でも、短期間に繰り返し摂取すれば中毒を起こす恐れがある。 |
非常に迅速な対応である。
そして、中国共産党の対応も迅速であった。
以下、憶測である。
福島原発の放射能漏れの報道がなされ、中国全土に放射性ヨウ素によるリスクについての風評が広がる。
塩パニックになり、一時的に塩の需要が増えて(買占めなど)、供給が追いつかなくなる(物価が不安定)になる。
この状態はちょっとやそっとでは解消されない。
そこでスケープゴートとして、塩の買占めで不利益を被ったバカな人物(自業自得)という名目で、政府がある人物(この人が実際に存在するかしないかはどうでも良い)を大々的に取り上げる。
そして、政府主導による物価安定施策を、報道とほぼ同時平行して行う。
こうすることで説得力を増す狙いがあるのだろう。
そして、後に続く塩に溺れる者達の心にブレーキをかけ、後は、おどろくほど急速に塩騒動が収束する。
恐らく、このような国民暴動に敏感な中国共産党政府は、このような国民パニックの事態を想定し、かねてからマニュアルが整備されているのだろうと思う。
危機管理という側面では、中国共産党のように命令系統が一本化された独裁政治の方が、より意思決定が明確で迅速に動けるのだろう。
日本でも江戸時代に発生した大震災・安政江戸地震(1855年)の際には、発災後わずか数時間で、時の江戸幕府により、米や塩など食料品の便乗値上げを強力に取り締まるような物価安定策がとられている。具体的には物価抑制のために公定上限価格を設定し公布、江戸市中パトロール強化徹底、死者の無料埋葬、食料の配給、義捐金の報奨などである。
江戸時代に学べることも多々あると思う。
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