東日本大震災において釜石市の小中学生約3000人のほぼ全員が生き抜くことができた、いわゆる「釜石の奇跡」。防災教育の教え通りに避難したため、周囲の大人たちも助かったというケースも多くみられました。釜石市の例から、防災教育の在り方を考えます。
片田教授の「津波避難の3原則」
地震が発生した時、多くの子どもたちは下校後でしたが、おのおの率先して避難しました。そのおかげで自らが助かっただけでなく、逃げることを周囲に呼びかけたため、幼い弟、祖母、友だちなど周囲を救ったことが報告されています。
「釜石の奇跡」の立役者と言われているのが、2004年から釜石市の防災・危機管理アドバイザーになった片田敏孝・群馬大学教授(当時)です。片田教授は「子どもを対象とした防災教育」を重視し、釜石市の全小中学校の津波防災教育を指導しました。その中で片田教授は、災害から命を守る大事なことがあることに気づき、「津波避難の3原則」にまとめました。
その1は「想定にとらわれるな」です。
自治体が作成するハザードマップですら、信じきってはいけないということです。なぜならハザードマップの多くは過去の災害を参考にして作られます。ハザードマップの被害想定に入ってなかったらといって安心しては危険です。片田教授はあえてハザードマップを作製し、それを否定するというプロセスを踏むことで、想定にとらわれている自分を自覚するように呼び掛けています。
その2は「最善を尽くせ」です。
「ここまで逃げれば」と考えるのではなく、逃げられるところまで全力で逃げ続けることです。実際に釜石市のある学校では、学校から700メートル先の避難場所のグループホームへ、それからさらに500メートル先の介護福祉施設へ、そしてさらに300メートル先の石材店へ、坂道を走って逃れ続けました。その結果生き抜くことができたのです。
その3は「率先避難者たれ」です。
「真っ先に逃げろ」ということです。先生や大人の指示を待つことなく、恥を恐れずに、自分が真っ先に逃げることです。
画像引用:YouTube
「正常性バイアス」を解く率先避難者の行動
「率先避難者たれ」を実践することは難しいことです。「家族や友だちを顧みず自分だけが逃げるなんて薄情だ」といった声も聞こえてきそうです。しかし「率先避難者」になることは、実は周囲を救うことになります。
「正常性バイアス」という言葉をご存知でしょうか。パニック映画では、大災害が起きると人々がわれさきに逃げ出しますが、実際には、「自分だけは助かる」「たいしたことはない」という心を平静に保つためのバイアスが働いて、避難することをためらってしまう人がかなり多いのです。
そういった人に対して、「早く逃げろ」と叫んで、逃げる行動を示すことは、「正常性バイアス」を解く有効な手段です。
子どもたちこそが地域の防災の鍵
「学校の避難訓練は、判を押したように規範化されていて、主体的な行動にはつながらない」という意見は根強くあります。そのように書いている市販の防災ガイドブックもあります。しかし釜石市の防災教育を見てみると、むしろ子どもたちへの防災訓練こそが、コミュニティの防災意識を高めるように思えます。
子どもたちは集団行動に慣れていて、教育を受ける時間も多くあります。有望な「率先避難者」候補生です。子どもたちがコミュニティを率先して、避難に導くことができることは、「釜石の奇跡」でも証明されました。
そして「子どもたちの防災」をテーマにすれば、親などの大人たちも興味を持ってくれます。子どものうちに防災教育を身につけておけば、30年、40年にわたって効果を発揮しつづけます。
「子どもたちに率先避難者になってもらう」。このことがコミュニティの防災において有効なのではないでしょうか。