昔、ある役所の担当官へ質問したお話である。
日本の備蓄は、地震が起こった後、住民の3日分は各市町村(自治体)で面倒みる。
そして4日目以降は国が面倒をみる。
というのが、昔からの日本という国家の国民保護指針の一般的な回答である。
では、その、面倒をみられる対象者とは、いったいどこの誰なのか?
全住民(全国民)ではなく、食糧がない人、だという。
食糧がない人、とはいったいどういう人で、何人いるのか、と質問すると、
それは、罹災者である、という。
罹災者とは何者なのか、と聞くと、
家が倒壊した人(避難所住民)、だという。
つまり、家が無事に残り自宅避難している人は被災想定の対象外という意味となる。
重要なのは、被災想定=行政が罹災者に準備している備蓄食糧の食数には矛盾があるということ。
では、ヨーロッパの国々の「備蓄」の考え方はどう違うのだろうか。
アメリカでは州によって大きく異なるが、おおむね、全国民が1週間備蓄しよう、としている。
オランダでは全国民、全住民へ国が備蓄をするのだという。
オランダの特異性は停電までもが備蓄のための災害として想定されていたことだ。
イングランドには労働争議が含まれるが、フィンランドもイングランドでも備蓄というのは全国民が対象というのは変わらない。
つまり、ヨーロッパのどこの国でも、備蓄というのは全国民へというのが当たり前なのである。
ところが、日本の場合は、この全国民という発想自体が存在しない。
それはなぜか?
ヨーロッパには常に戦争が想定されていることが全国民保護を謳う大きな理由である。
戦争によって物流が破壊・停止するために、全国民が飢える罹災者となることを想定しているのだ。
逆に、日本には戦争がなく、ただ地震・災害のみが想定されているという「備蓄の思想」の大きな隔たりがあるのだ。
約30年ほど前、東京都文京区の担当者(最初の質問した役所とは違う)が、こんな話をした。
「 文京区の区民のための備蓄食糧なのに、もし昼に大地震に遭ったら、文京区に住んでいない人、外から働きに来ている人(流民)が被災するではないか。
この人たちの食糧は、どこが責任をもって負担するのか?」
帰宅困難者という言葉のなかった30年前の昔から、今でも、同じ解決されない悩みを抱える自治体も多い。
そこを考えると、日本の防災対策は、ものすごい 矛盾 をかかえているのである。
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