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世界的な潮流への危機意識

time 2008/03/28

世界的な潮流への危機意識
世界的な潮流への危機意識  [編集長コラム]

石油高騰や原材料高騰を理由とした様々な商品の値上げが日本国内で広がっています。

商品を売る側の一人として、値上げには、お客様へ申し訳ないという気持ちと、価格改定するなんてという反発の気持ちがある一方で、グローバルな社会の大きな流れの中で、抗うことができないという、諦めの気持ちもあったりします。

このような世界的な潮流に、私はある種の危機意識を持っています。

さて、今、食の世界で何が起きているか。

世界的な食料の原材料の高騰が数年来続いています。
世界の食糧市場のここ数年間の、需給ひっ迫傾向の高まりはほとんど異常です。

いま思えば、米国によるイラク戦争の頃、原油価格の高騰が顕在化してきて、私もずいぶんと頭を悩ませました。

イラク戦争は2003年3月のできごとです。

それ以来、今も、輸送・流通コストは上昇し続けています。

エネルギー問題は、国内だけでなく世界に影響を及ぼします。
さらに、環境問題ブームと、バイオマス燃料ブームが追い討ちをかけ、食糧市場とエネルギー市場で材料の争奪が行われることになります。

世界中の生産性が増大しているにもかかわらず、農産物の需要拡大に供給が追いつかず、食料在庫が取り崩されています。
米農務省の予測では、世界の穀物在庫量は3年連続で減少しており、在庫も年間消費量の2ヶ月分を切る見通しだといいます。

食糧の確保は、国家同士の争奪戦にまで発展してしまい、これが食料価格の高騰という形で、私たちの目に見える形で顕在化してきたのだろうと思います。

そして、日本では、企業と企業の取り引きの締めの季節となる決算後の4月に、目だって値上げする商品が多くなります。(値段を変えずに中身の容量が減るなども実質的な値上げである。)

歴史をひもとくと、実は、1970年代にも現在と同じような原油と食物の高騰がありました。

いわゆる第一次石油危機(オイルショック)です。

この時代、日本政府は、穀物の調達と確保に奔走したといいます。

この時に比べれば、今の問題はそんなに大きくない、と言う人もいます。
しかし、今後、食糧の買い付けで日本は厳しい競争を迫られる、という点で多くの識者の意見は一致しています。

そして、お隣の大国、中国は、今まで食料輸出国でしたが、経済発展で農産物が急速に不足し、中国が穀物輸入国となる可能性が出てまいりました。

中国と、同じく人口問題を抱えるインドも今、食料不安を抑えるべく、農業の生産構造の改善に努めています。
それが間に合うかどうかが大きなカギの一つとなるのでしょう。どうなるか注目です。

今や食料は世界の資源の一つとなりました。

だから、金さえ払えば(食料は)手に入れられる、という時代ではなくなりつつあります。

つまり、お金を払うから、と言っても、相手が日本に売ってくれない、ということがあり得るということです。

日本の消費者といえば、食料に対する潔癖さや鮮度嗜好はとても高いものがあります。

例えば、1990年代に食品表示の法律(賞味期限)ができてからは、商品の日付を見て、一日でも新しい牛乳を棚の奥から買う、なんて人をコンビニなどの店で見かける機会が増えました。

それはそれで良いのですが、では売れ残ったものはどこに行くのか?

ある試算によると、日本で食べられず廃棄される食料は、年間2千万トン。
日本人3千万人が1年間食べれる量の食料が食べられず捨てられています。
これは毎日2万人が飢餓で亡くなる発展途上国の人たち約1億人分の年間食料に相当する量なのだそうです。

食料自給率僅か39%の日本は、食料を外国から大量に輸入する一方で、大量に食料を廃棄している実態があります。
食料廃棄量が食料供給量の4分の1となるほど廃棄率の高い日本は「世界一の食料廃棄国」とも言われているそうです(日本学術会議)。

もったいない、と思うでしょう。

普通、食料は保存できないものなのですから、しょうがありません。

では、次の話はどう思うでしょうか? 少しオーバーな話をします。

もし、ある業者が、まだ食べられるから、といって、店頭の売れ残った食品を回収して、それを元に、何らかの食べ物に再加工し売ったら・・・きっと今の日本ではちょっとした騒ぎになるかもしれませんね。

こういう部分に昨今の食の偽装に繋がる根っこの一つが内包されているようにも思えます。

私たちのそういう食に対する感覚というものは、時にとてもヒステリックな状態として現れることがあります。
また、当然に、感覚には国際間で乖離があります。

日本の消費者の要望で・・・という理由付けから、販売業者はメーカーに色んな要求を求めます。
これが正しければ、何ら問題はありませんが、世の中には立場によってそうでないことも多々あるでしょう。

感覚の乖離とは、そういうもので、言っている方は正しいと思っていても、他方、立場が違えば、それが理不尽な要求と映るかもしれない。
もう金を積まれたってお前には売りたくない、という状況になることもあるのですね。
残念ながら人の感情とは、そういう不便なものなのです。

食料確保の抜本的なところは、国の戦略というものに多くを依存します。
戦略とは、食料自給率の政策や海外の調達先を確保する根回しなんかも含まれます。
つまり政治です。

この政治を後押しするのは国民である消費者で、消費者の声を反映して世の中が動き、世の中の動きにあわせて政治が変わります。
食の今後を考えて、政府は的確な戦略を定め、そして私たちも日ごろから知識を得て、考え、知恵をつけることが大切ではないかと思います。

徒然書きましたが、なんだか偉そうな発言内容になりました。

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